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橋本徹の推薦盤(2009年7月上旬〜2009年10月上旬)
2009年7月上旬

MAXWELL / BLACK SUMMERS' NIGHT
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


2009年、楽しみにしていた復活作Top 3と言えば、マックスウェル/ディアンジェロ/シャーデーという感じだが、その先陣を切って、8年ぶりとなるマックスウェルのニュー・アルバムが到着。そのニュースを知った日、僕はさっそく、かつて彼の担当ディレクターだったソニー・ミュージックの芦澤紀子さんに電話をかけ、音を手配してもらった。僕は彼女の情熱的な協力・尽力で、タワーレコードのフリー・マガジン「bounce」の編集長を務めていた1998年、『EMBRYA』の発売タイミングで彼の素晴らしい表紙&インタヴュー特集を作ることができた。懐かしさに誘われて、その夜はマックスウェルの旧作を順に聴きながら、当時の「bounce」のバック・ナンバーを何冊も読みふけった。誌面も自分自身もとても充実していた幸福な時代だったと思う。
思えばデビュー作『URBAN HANG SUITE』は、僕が最初に「bounce」を手がけた1996年4月のリリースだった。彼やディアンジェロの活躍によって、クリエイティヴにオリジナリティーを求めるミュージシャンたちは大きな希望と勇気を与えられ、“ソウル・ルネッサンス”の動きは加速し、僕らはそのスタイルとスピリットを支持し続けた。新人アーティストとしては異例の抜擢だった翌年の『MTV UNPLUGGED』では、ケイト・ブッシュ“THIS WOMAN'S WORK”の神秘的なカヴァーも忘れられない。ジャジー&アーバンなファーストに引き続きシャーデーとのコラボレイションが実現し、愛とスピリチュアリティーをテーマにした『EMBRYA』は、エリカ・バドゥの世紀の名盤『BADUIZM』とグラミー賞最優秀R&Bアルバムを競った。ソウル・ミュージックが1970年代前半以来の輝きを取り戻した佳き時代だった。
そして数日後に我が家に届けられた待望の新作。僕などは1曲目冒頭のファルセット・ヴォイスだけで胸が熱くなってしまう。全体としては、よりシンプルでダイレクトで、アフロ・へアを切ったジャケットのポートレイトに象徴されるような、清々しい聴後感。初の全米No.1ヒットとなった前作『NOW』を発表した2001年以降、ピュアな作品制作のために自らの成功によって築いた環境から離れる必要があると感じた彼は、もう一度純粋な経験で音楽と向かい合いたいという思いから自分自身のために時間を使っていたというが、そんなニューヨークに生まれ育った等身大の黒人シンガー・ソングライターの素直な気持ちが、ライヴ感あふれる10ピースのバンド録音に結実している。
一方で、あの密室的な官能性や妄想性、マーヴィン・ゲイ〜レオン・ウェア(マックスウェルは彼とも以前コラボレイトしている)的な『I WANT YOU』感からは遠のいた印象を受けるかもしれないが、一聴して惹きつけられた“HELP SOMEBODY”や“COLD”を耳にして、僕がまず思い浮かべたのは、やはりマーヴィン・ゲイだった。オルガンやホーンの効いたアンサンブルから、アル・グリーンとハイ・サウンドを思い浮かべる方も多いことだろう(マックスウェルのカムバックのきっかけになった1年前のBETアワードでのアル・グリーン“SIMPLY BEAUTIFUL”のカヴァーは、全米のソウル・ミュージック・ファンの間で2008年最高のパフォーマンスと絶賛されているという)。こうした音楽性の変化は、共同作業のパートナーがスチュアート・マシューマンからホッド・デヴィッドに代わった影響も大きいはずだ。カーティス・メイフィールドのようなアコースティック・ギターに寄り添うように歌われる“PLAYFUL POSSUM”は、慈愛と優しさが滲む、まさに“シンプリー・ビューティフル”なバラード。そして胸のすくようなラヴ・ソング“LOVE YOU”を聴いていて僕が思い出すのは、例えばプリンスのファースト・アルバム『FOR YOU』。あの“青さ”、奔放でソウルフルな天才のフレッシュネスが、ここにも瑞々しい滝の流れのようにほとばしっている。
ある意味では、今の(バラク・オバマ登場以降の)ニューヨーク感、アフロ・アメリカンの心情が、個人的な感情表現の中に自然に反映されたアルバムとも言えるかもしれない。それがこの作品の潔さ、力強さにつながっていて好ましい。初めて“アンプラグド”を聴いた12年前から思っていることだが、どうにか日本でのライヴを実現することはできないのかなあ。
追記:マックスウェルの来日は決まりませんが、この夏はソウル・ミュージックを愛する日本の音楽ファンにはたまらない日々が続きそうです。「ブルーノート東京」でのラファエル・サディークの圧巻のソウル・レヴューの熱気がまだ冷めやらずという感じですが、レオン・ウェアそしてメイズという、マックスウェルやマーヴィン・ゲイが好きなら絶対に観逃せないはずの、とっておきのソウル・レジェンドのステージが、丸の内の「Cotton Club」で決定しています。さらにイギリスからは、スタイル・カウンシルと共に80年代UKソウルを牽引したドクター・ロバート率いるブロウ・モンキーズや、昨年のベン・シドランとの公演もご機嫌だったモッド・ヒーローのジョージィ・フェイムも。詳しい日程などは「Cotton Club」(03-3215-1555)にぜひ問い合わせてみてください。
そういえば、六本木・東京ミッドタウンの「Billboard Live」でのマリーナ・ショウのライヴももうすぐですね。今回はチャック・レイニーやデヴィッド・T・ウォーカーなど、あの名作『WHO IS THIS BITCH, ANYWAY?』を支えた面々がバックを固めるそうなので、ジャジー&メロウな夏の夜をいっそう楽しみにしています。その翌週にはベイビーフェイスもやってくることですし、東京の音楽シーンを何とか“チェンジ・ザ・ワールド”していきたいものですね。

BABADU / BABADU! 
V.A. / FREE SOUL 〜 FLIGHT TO HAWAII
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


心地よく髪をなびかせる潮風の香りに包まれ、ゆるやかな波のうねりに身をゆだねる。きらめく海面に照り返されて乱反射する光の筋が虹のように弧を描く。そんな風景をさりげなく切り取った夏のスケッチのようなカーク・トンプソン制作の一枚。ビリー・カウイに捧げられた“WORDS TO A SONG”、レムリアのカヴァー“ALL I'VE GOT TO GIVE”。椰子の葉を揺らすメジャー・セヴンスのマジック。
「Suburbia Suite; Evergreen Review」に掲載した、ハワイ・オアフ島のシンガー・ソングライター、ババドゥの1979年のアルバム『BABADU!』の紹介文だ。マッキー・フェアリーと共に初期カラパナを支えたカーク・トンプソンによるプロデュース。パーカッションは『CURTIS/LIVE!』からプーチョ&ザ・ラテン・ソウル・ブラザーズまで、20年前の僕は彼のクレジットを頼りに好きなレコードを探していたマスター・ヘンリー・ギブソン。あの夕陽に染まり黄金色に輝く波しぶきを写したレムリアの名盤と同様の布陣だ。ピアノのキット・エバースバック(と読むのかな?)は、甘く爽やかで軽やかな“COUNTRYSIDE BEAUTY”で人気を呼んだ、あのテンダー・リーフのプロデューサーでもある。
フルートが快いオープニングの“WE'RE NOT TO BLAME”から、美しい砂浜で大きな波を眺めながらハワイアン・ブリーズに吹かれるようだ。弾むような珠玉のメロウ・グルーヴ“WORDS TO A SONG”は、メンバー全員がドラッグで亡くなったというハワイの愛すべき切ないグループ、カントリー・コンフォートのビリー・カウイに捧げられている。続く“LOST IN A DREAM OF LOVE”ではソウル・ミュージックやオールディーズ・ポップス、“FORGET LEAVING”ではボサノヴァやサンバへの無邪気な憧憬が微笑ましい。ラストに置かれた“ALL I'VE GOT TO GIVE”は、その瑞々しい曲調やミディアムのグルーヴ感の相似から、僕には大貫妙子さんの“都会”と並べてDJプレイした12年くらい前の思い出が甘酸っぱい。そういえば“WORDS TO A SONG”はその頃、ハワイのパラダイス・プロダクションから発表されたロイヤル・ガーナーの高揚感あふれる“DESTINY”に続けてよくかけていた。
さて、ババドゥを推薦するなら、それ以上にこちらも推薦しなければならないのが『FREE SOUL 〜 FLIGHT TO HAWAII』。6年前に自分が選曲したコンピレイションなので恐縮ながら、“WORDS TO A SONG”“ALL I'VE GOT TO GIVE”クラス(というか断然それ以上ですね)のハワイ産の甘やかでグルーヴィーなAOR×ソウルの名作が全22曲たっぷりと詰まっていて、潮風がメロウな音の波を優しく包み込むような、初めてなのに懐かしい、そんな感覚に惹かれる僕は、夏が訪れるたびに思い出したように聴いている。先ほどマッキー・フェアリー・バンド(星屑のように瞬くホノルルの夜景が美しい)のCD化に際して自分が書いたライナーを久しぶりに読み返していて、思いがけなくこのCDのセレクションを手がけたときの気持ちがよみがえる文章に遭遇した。
思いつくままに頭に浮かべるだけで甘酸っぱい気分に駆られる夢中で耳にしたレコード。マッキー・フェアリーが在籍したカラパナの最初の2枚。カーク・トンプソンが立ち上げたレムリアと、やはり彼が制作しビリー・カウイに捧げられた“WORDS TO A SONG”やレムリアとの競作“ALL I'VE GOT TO GIVE”が素晴らしいババドゥ。ルイやテンダー・リーフの胸がキュンとするようなアコースティックなロコAOR。ハワイでコーヒーハウスをやっていたMFQのサイラス・ファーヤーがプロデュースしたカントリー・コンフォートやホーム・グロウナーたちの編集盤。セシリオ&カポノ、シーウィンドといったメインランドでも活躍したグループ。レイ・グーリアックやリチャード・ナットなどのシンガー・ソングライター。スウィートなソサエティー・オブ・セヴンに、若さあふれるサマーやクラッシュやノース・ショア・アピール。そしてマッキー・フェアリーの極めつけの名曲“YOU'RE YOUNG”を彼とそのバンドをバックにカヴァーした桑名晴子……。
というような感じですが、いかがでしょうか。それでは皆さん、メロウ&ブリージンなアイランド・ミュージックで、素敵な夏を!
追記:ちなみにババドゥをCD化したのは、日本を代表する再発レーベル、セレストですが、次は(来年こそは)何としてもルイの復刻を実現してほしいものです。この15年ほど、セレストを始め幾多のレーベルから相次いで陽の目を見てきたサバービア掲載アイテムの中でも、これは最後に残された秘宝、と言っても過言ではない素晴らしさなのですから(ハワイに限らなければ、デブラ・ジョイスのホワイト・ジャジー・ソウルなども乞う復刻、ですが)。音のトレジャー・アイランドでもあるハワイ指折りの至宝に、「Suburbia Suite; Evergreen Review」で僕は、こんな讃辞を捧げています。
どこまでも澄みきった水色に輝く空と海。真っ白に広がる砂浜。風の匂いや波のささやきが甘やかな瞬間を封じ込めた、旅先からの絵葉書のようなアルバム。まろやかに語りかける歌声と柔らかく溶け合うアコースティック楽器の温もり。“MY LOVER”“OH, OH”はときめくような、切なさに胸を締めつけられるような名曲。すべてがピュアでロマンティックで美しい。

2009年7月下旬

FREE SOUL MOE ~ MELLOW LOVERS' TWILIGHT AMOUR
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


今年2月にリリースされた『FREE SOUL MOOMIN ~ MELLOW LOVERS' MOONLIGHT DANCEHALL』にはいろいろな方から「良かったですよ」という声をいただき(とは言っても男からの支持が圧倒的でしたが)、ひどく嬉しかったのだが、中でも「感動しました」というメッセージと共に自らが手がけてきたアーティストの音源をまとめて送ってくださったポニーキャニオンの村多ディレクターの言葉には、意気に感じずにはいられなかった。そうしたあれこれをきっかけに今回実現に至ったのが、日本の女性シンガーのフリー・ソウル・コレクションとしてはMONDAY満ちる/birdに続く3作目となる『FREE SOUL MOE ~ MELLOW LOVERS' TWILIGHT AMOUR』。10年ほど前のいわゆるディーヴァ・ブーム時からどこか異彩を放つ伸びやかな個性を振りまいていた嶋野百恵のメロウ&グルーヴィーな傑作選だ。僕が村多さんの意志に応えるべく、誠心誠意真剣に、選曲に取り組んだことは言うまでもない。恋愛至上主義な彼女のキャラクターに、ムーミンの姉妹編という意識も反映させたタイトルも、とても気に入っている(“モエ”というのもシャンパンみたいで良いでしょ?)。
しかもオープニングを飾るのは、アルバムのメロウなトーンを決定づける水先案内役として、リード曲はこれしかないでしょ、とニュー・レコーディングを敢行した吉田美奈子の“恋は流星”のとろけるような浮遊感あふれるカヴァー。アプレミディ・セレソン武田の言葉を借りるなら、「星の瞬く夜空を夢見るように滑り抜けていく、切なく胸を焦がす永遠の名曲」。続いても揺れるようなエレピが印象的な、“baby baby, Service”の大沢伸一によるリミックス。曲が進むにつれてトラックとヴォーカルが官能的なほどの相性を示していく様は、まるで魔法のようと言っていいだろう。遠い夏の記憶がよみがえるようなボサ・ブレイク“ためらいの糸”も、birdなら“Souls”の〈Peach Bossa Mix〉に例えられるような好リミックス。スウィンギーかつタイトなビート、キュートでメランコリックな音像に親密な歌の表情が溶け合う“キイドア”は、DJ FUMIYA(リップスライム)制作の愛すべき逸品。ブラジリアン・ギター&コーラスが駆け抜けていく“最後の蜜”は、ホセ・フェリシアーノ“GOLDEN LADY”やNoa Noaを思わせるようなインコグニート作のサウタージ・チューン。そしてやはりインコグニートの軽快で華やかなミックスが冴える“Hot Glamour”は、アシッド・ジャズ全盛期を彷佛とさせるダンサブルなナンバーで、もし僕がDJでかけていたら、ブラン・ニュー・ヘヴィーズの“YOU ARE THE UNIVERSE”につなげたくなることは間違いない。
ロマンティックなスウィング・ビートのスマッシュ・ヒット“BlackEye”は、風格さえ漂う王道R&B。“Jr. Butterfly”の今井了介による素晴らしくクール&スムースなリミックスからの中盤は、クワイエット・ストーム〜メロウ・ジャム的なしっとりと柔らかな情感に包まれるドリーミーな展開。パトリース・ラッシェン“REMIND ME”をアダプトした“amour after amour”も、90年代後半のR&Bを象徴するようなメロウ・サウンディングの極みだ。“Hot Glamour”でのMUMMY-D、“Next Lounge”でのD.O.I.と、名匠それぞれのビート・センスが色濃く投影されたリミックスも光っている。ひと夏の終わりのような穏やかな甘酸っぱさが余韻のように広がるエンディングの“ヒカリ”まで、僕は先週末、都内をドライヴしながら、夕暮れから夜にかけての情景とこのCDが奇跡的なほどマッチすることを確認したばかりだ。“トワイライト・アムール”という選曲のスタイリングは大正解だったと思う。
思えば僕は、もう10年ちょっと前に、渋谷の「GLORIA」(昼はレゲエのレコード・ショップ、夜はバーに生まれ変わる石川貴教氏がやっていた大好きな店でした)のバー・カウンターで何度か顔を合わせて以来、嶋野百恵と会っていない。彼女は当時、まだデビューしたての初々しさだったが、その後これほどの音楽を作っていたのか、と感慨深さが募る。そしてあの頃の毎晩楽しかった「GLORIA」にタイムスリップしたい、という思いに強く駆られる。「あれから10年以上経って、こんなアルバムができましたよ」と、僕は今すぐ石川さんにこのCDを届けたい気持ちだ。
MUMMY-DとKREVAとKOHEI JAPANによる屈託のないライナー・トークにも明らかなように、フリー・ソウル・シリーズとしては異色とも言える、公園通りより道玄坂、神南より円山町(かな?)という色恋のムードもまた、魅力的に響いてくれたらと願っている。ちなみに、嶋野百恵の歌詞はすべて実話に基づいているそう、ということも最後に付け加えておきましょう。赤裸々なラヴ・ソング、というか僕が正直な感想をひとことで言うなら、かなり“濃い”です。恋愛経験の未熟な僕としては、男女の情のギャップを痛感し、生理的にうろたえるところもありますが、この機会に勉強させてもらいます!

MARVIN GAYE / I WANT YOU [DELUXE EDITION]
LEON WARE / MUSICAL MASSAGE
MAZE / FREE SOUL DRIVE WITH MAZE
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


8/21〜8/23の丸の内「Cotton Club」でのレオン・ウェアの来日公演を祝して何か紹介したいと考えていたのだが、やはり真っ先に挙げるべきは、彼がプロデュース/ソングライティングを手がけたマーヴィン・ゲイの名作『I WANT YOU』だろう。僕にとって間違いなく好きなソウル・アルバムのベストテンに入る一枚で、『FREE SOUL. the classic of MARVIN GAYE』を選曲した際には何とここから7曲もエントリーしたほどだが、ちょうど2枚組デラックス・エディションが紙ジャケットでリリースされたばかりだ。
センシュアリティーの小宇宙とも言えるこの『I WANT YOU』、マーヴィンが17歳下の恋人ジャニス・ハンターに捧げた愛の歌が詰まったオリジナル・アルバムが“メイク・ラヴ”のための音楽の最高峰であることは言うまでもないが(あの吐息はマーヴィン流の彼女の愛し方なのだろう)、デラックス・エディションに追加された17曲も、僕にはどれも興味深く聴き逃せない。
レオン・ウェアがマイケル・ジャクソンに書いたヒット曲“I WANNA BE WHERE YOU ARE”のカヴァーは、原盤では1分強だったのが6分強もあり、“AFTER THE DANCE”〈VOCAL〉と合体したテイクまであって、どちらもDJプレイすると必ず「このヴァージョンは何ですか?」と訊かれたものだ。シンセの代わりにフルートをフィーチャーした“AFTER THE DANCE”〈INSTRUMENTAL〉、サム・クックのようにソウルフルな胸がいっぱいになる名曲“ALL THE WAY AROUND”や“SOON I'LL BE LOVING YOU AGAIN”、ファーサイドのサンプリングが感動的だった“SINCE I HAD YOU”といった完成形は緻密で官能的なメロウ・サウンディングの金字塔という趣きの作品群の、フレッシュで奔放な表情にも惹かれる。やはりメロウ極まりないレオン・ウェアの旋律に甘美なピアノのきらめきとマーヴィンの語りが心地よい“IS ANYBODY THINKING ABOUT THEIR LIVING?”も嬉しいプレゼントだ。同時に、これらを聴くことで、オリジナル盤がレオン・ウェアのリズム・アレンジとコールリッジ・パーキンソンのホーン&ストリングス・アレンジの冴えに加え、マーヴィンの妄想的とも言える私小説性によって特別な魔力を秘めたことも実感できる。アーニー・バーンズによる印象的なカヴァー・デザインがその魔力を劇的に具現化していることも。
マーヴィンが惚れ込んだ“I WANT YOU”(彼は「まるでこの曲は自分で書いたような気がするんだよ」と言っていたという)の作者として、音楽史上に永遠にその名を刻むことになったレオン・ウェアだが(彼もまた「マーヴィンはこの曲をまるで自分で書いたかのように歌っていたね」と述懐している)、彼のオリジナル・アルバムで何がNo.1かと問われたら、大いに悩むソウル・ミュージック愛好家も多いのではないだろうか。本来なら僕がベスト盤やカヴァー曲を集めたソングブックを作っているべきなのだろうが、不思議とこれまでそういう機会はなかった。そんな僕が敢えて一枚だけ推薦するとしたら、やはり『I WANT YOU』と双子の兄弟と言える1976年作『MUSICAL MASSAGE』。ジェイムス・ギャドソン/チャック・レイニー/デヴィッド・T・ウォーカーらミュージシャンの多くも重なる、もうひとつのベッドルーム・マスターピースだ。そしてこのCDもまた、『I WANT YOU』セッションからの5曲のボーナス・トラックが僕には宝物のようだ。
自演版の“I WANNA BE WHERE YOU ARE”が最高なのはもちろん、“COMFORT (A.K.A. COME LIVE WITH ME, ANGEL)”はマーヴィンの名唱に優るとも劣らない感極まるミニー・リパートンとの共演。“LONG TIME NO SEE”は“SINCE I HAD YOU”の原型、“DON'T YOU WANNA COME”は“AFTER THE DANCE”、“YOU ARE THE WAY YOU ARE”は“ALL THE WAY AROUND”のデモなのだ。『FREE SOUL PARADE』に収録した“JOURNEY INTO YOU”やマーヴィンとボビー・ウーマックが参加した“HOLIDAY”といった原盤のナンバーも、“ミスター・メロウネス”の称号に相応しい逸品揃いだ。
自ら“Sexual Minister”(官能修道士)を名乗り、セックスとロマンスこそを宗教(哲学)とする男レオン・ウェアは、他のアルバムの曲やプロデュース作、他アーティストにカヴァーされた曲も傑作が目白押しなので、簡単に触れておこう。まず決定的な一曲と言えば、『FREE SOUL RIVER』に収めた、AORファンからも人気が高いマンハッタン・トランスファーのジャニス・シーゲルとのデュエット“WHY I CAME TO CALIFORNIA”だろう。夕暮れの海辺のロマンティックな情景が浮かぶラヴ・ソングで、やるせなく物憂い哀愁をたたえた彼の作風の真骨頂だ。クインシー・ジョーンズの『BODY HEAT』でミニー・リパートンが歌った“IF I EVER LOSE THIS HEAVEN”も代表曲としていいだろう。マキシン・ナイティンゲイル/ナンシー・ウィルソン/アヴェレイジ・ホワイト・バンド/セルジオ・メンデス/G.C.キャメロン/コーク・エスコヴェードらの好演でフリー・ソウル・コンピの常連となっている、いわゆる“こみ上げ”メロウ・ソウルの名曲だ。
ミニー・リパートンの『ADVENTURES IN PARADISE』で歌われた“INSIDE MY LOVE”“FEELIN' THAT YOUR FEELIN'S RIGHT”“BABY, THIS LOVE I HAVE”(トライブ・コールド・クエストによるサンプリングも忘れられない)も、どれも胸を焦がされる名作。狂おしいほどに切ない歌の数々を、ぜひ『FREE SOUL. the classic of MINNIE RIPERTON』で聴いてみてほしい。“I WANNA BE WHERE YOU ARE”は、マイケル/マーヴィン/レオン自身はもちろん、9/16発売予定の『MELLOW VOICES 〜 BEAUTIFULLY HUMAN EDITION』に入るカーリーン・アンダーソン&ポール・ウェラー、『FREE SOUL AVENUE』で聴けるズレーマやホセ・フェシリアーノの哀感こみ上げる歌でも堪能すべきだ。
フリー・ソウル文脈ではさらに、シリータやメリサ・マンチェスター、さらにララ・セント・ポールあたりの70年代後半のプロデュース・ワークも見落とせない。マリーナ・ショウ“SWEET BEGINNINGS”やマイケル・ワイコフ“LOOKING UP TO YOU”(『FREE SOUL AVENUE』所収で、ジャネイ“HEY, MR. DJ”でお馴染み)も彼ならではのメロウ・マジックが冴えている。80年代前半以降はマルコス・ヴァーリとの交流に端を発するブラジリアン・フレイヴァーが心地よく、90年代に向けてルース・エンズ/ミーシャ・パリス/オマー/カメール・ハインズらUKソウル勢との好コラボレイションが増えていく。そして忘れてはいけないのが、マックスウェルのファースト・アルバムでの“SUMTHIN' SUMTHIN'”の共作。2002年の来日ステージではオープニングでこの曲を自ら歌い、ダニー・ハサウェイが名盤『EXTENSION OF A MAN』で歌ったレオン作の重要曲“I KNOW IT'S YOU”も披露してくれた。マルコス・ヴァーリと書いた人気曲“ROCKIN' YOU ETERNALLY”のカヴァーに参加を請われたジャザノヴァの最新作での活躍も、記憶に新しいところだ。
レオン・ウェアに続いて日本にやってきて、やはり丸の内「Cotton Club」で9/22〜9/26にライヴを行うメイズについても、引き続き強く推薦しようと思っていたのだが、ずいぶん長い文章になってしまったので、また改めて近々このコーナーで紹介することにしよう。マーヴィン・ゲイへのオマージュとして、幾多の名カヴァー以上に素敵だな、と僕が好感を抱いているのは、“WHAT'S GOING ON”を下敷きに“Silky, Silky Soul Singer”と歌い天国の恩師を讃えたメイズのフランキー・ビヴァリーであり、『FREE SOUL DRIVE WITH MAZE』(高橋芳朗氏によるライナーがとても素晴らしい)の冒頭を飾る“FEEL THAT YOU'RE FEELIN'”“THE LOOK IN YOUR EYES”は、マーヴィンの弟子を自認する彼が生み落とした最良のメロウ・グルーヴだと思う。
追記:僕は来年、マーヴィン・ゲイが死んだ歳になる、と今ふと気づいて、手許にあったムーディーマンがもう10年以上前にKDJから発表した12インチ“THE DAY WE LOST THE SOUL / TRIBUTE!”に針を下ろしました。“我々がソウルを失った日”──マーヴィンが彼の父に射殺されたラジオ・ニュースの音に始まるその曲には、僕も25年前、高校3年になろうとしていたあの日に感じた空虚な気持ちが濃密に漂っていて、やはりこの“不機嫌な男”(ムーディーマン)は信用できる、と思わされます。
僕がムーディーマン関連のCDでマーヴィン・ファンに何か一枚お薦めするとしたら、2005年リリースの彼が主宰するレーベルのショウケース盤『MAHOGANI MUSIC』でしょうか。ドゥウェイン・モーガンのメロウに哀しげに疾走する“EVERYTHING”はDJでも何度かスピンしましたし、ピラーニャヘッドの“EMILY”では“スパルタカス〜愛のテーマ”が奏でられ、カーティス・メイフィールド“KUNG FU”のカヴァーもあり、アンドレスやランドルフといった今をときめく顔ぶれも名を連ねています。何よりもその“気だるい黒さ”にたまらなく魅了されてしまうのです。
再追記:この間、僕が編集長をしていた頃の「bounce」を読み返していて、マーヴィン・ゲイについて書かれた文章の中でも最も好きな一節を発見しました。それは、全190ページと「bounce」がピークを迎えた1998年12月号の「people tree」というページで、マーヴィンの特集をした際に渡辺亨氏によって書かれたものです。
葛藤。マーヴィン・ゲイの生涯は、この言葉と切り離すことはできない。イギリスのジャーナリスト、デヴィッド・リッツは、マーヴィン・ゲイの伝記を「Divided Soul」と題したが、事実、彼の魂は常に引き裂かれていた。“善”と“悪”、“聖”と“俗”、“愛”と“肉欲”……さらに言うと、マーヴィン・ゲイは常に男らしさや強いもの、換言するなら、“父権”に対する憧れと恐れを同時に胸に抱き続けていた。そしてこの引き裂かれた感情は、マーヴィンの音楽に深い陰影を与え、人々はその孤独な影に感応した。
ただ単に甘い蜜のような歌を歌い、女性の体を火照らせるソウル・シンガーなら、他にもたくさんいる。が、マーヴィンのように聴き手の魂のくぼみを刺激し、胸を掻きむしらせるソウル・シンガーは、そういない。大の大人が泣き崩れる音楽──ここではあえてソウル・ミュージックを、こう定義しよう。なぜならマーヴィン・ゲイが残したのは、このような音楽なのだから。

2009年8月上旬

V.A. / 親子できく、どうようフリーソウル。
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


子供向けの作品に、実は良質で気が利いていて、大人も子供と一緒に楽しめるものがある、と気付くようになる瞬間は、誰にも経験があるのではないでしょうか。絵本や知育玩具だけではありません。音楽にだって素晴らしいものがたくさんあります。そこで今回、親子で聴きたい子供の歌=“どうようフリーソウル”という観点から、コンピCDを作らせていただきました。一緒に歌える、一緒に踊れる、というフリー・ソウルの魅力を意識しながら、1960〜70年代に吹き込まれた傑作をたっぷり集め、グルーヴィーかつ心に残る一枚に仕立てています。(ライナーより抜粋)
高揚感あふれるイントロで幕を開けるオープニング曲は、70年代ソウル的なグルーヴィーなリズムに華麗なストリングスとダイナミックなホーンが映える“手のひらを太陽に”。その永遠に若々しいポジティヴな輝きに強く胸を突かれる、いずみたくのペンによる名作だ。続いて鈴木茂によるシタールとフィリー・ソウル調のサウンドが冴える“森のくまさん”、スカ風味のリズム・アレンジが小気味よい山本直純・作曲の“うたえバンバン”と輪唱系クラシックが連なり、石井好子・訳詞によるフランス民謡“クラリネットをこわしちゃった”の鈴木茂・編曲/ティン・パン・アレー演奏の最高のヴァージョンで、早くも最初のピークを迎える。
そして登場するのが、僕が一聴して計り知れない衝撃を受けた、タイトなブレイクビーツがリードするファンキー極まりない“証城寺の狸ばやし”。ピアノ・ソロもご機嫌な、深町純の編曲による、幾多のレア・グルーヴにも優る快演だ。ダンサブルな原曲にも増してアメリカ南部のノスタルジックな香りを漂わせた“五匹のこぶたとチャールストン”は、例えばクボタタケシが好んでDJプレイしそうな好テイク。続く“猫ふんじゃった”も冒頭のブレイクから耳を奪われるが、クレジットを見るとやはり鈴木茂・編曲/ティン・パン・アレー演奏。ウエスト・コースト・ジャズ的な爽快なホーンも心地よいアクセントだ。ラウンジーな“どんぐりころころ”、楽園的な“南の島のハメハメハ大王”あたりの流れでは、歌詞に70年代の細野晴臣に通じるユーモア感覚が滲むのも、僕には興味深い。
ロジャース&ハマーシュタイン作の名ミュージカル・スタンダードにペギー葉山が多幸感あふれる訳詞を施した“ドレミの歌”は、子供の頃から大好きだった歌。これも鈴木茂・編曲/ティン・パン・アレー演奏による逸品だ。パーカッシヴなイントロに導かれる“あきのこびとオータムタム”は、“TIGHTEN UP”フィーリングの隠れた名品と言えるだろう。谷川俊太郎が詞を書いた“月火水木金土日の歌”も、甘い子供声とフランク永井の包容力に富んだ歌のやりとりが耳に残る。まるでベッドの脇でおやすみ前に童話を読んで聞かせてあげるような親密な雰囲気なのだ。
小坂忠らしい大らかでメロウな“おおきなけやき”は口笛も印象的で、僕がまだ小学校に上がる前の昭和40年代の「風街ろまん」な空気を感じさせる。クレモンティーヌもカヴァーした“おお シャンゼリゼ”は、何か素敵なことが始まりそうな予感に胸が躍る。安井かずみによる訳詞に都会的でハイカラな感性が息づいているせいか、思わず「キャンティ物語」に手を伸ばしページを繰りたくなってしまう。さらに極上のラテン・ジャズ・アレンジがボニージャックスの歌を包む“おもちゃのチャチャチャ”、小学生のときクラスで合唱した思い出が甘酸っぱいリズミカルな“アルプス一万尺”、カフェ・アプレミディ・コンピに入っていてもおかしくないような瀟洒なブラジル民謡“花輪をあげましょ”、山川啓介らしい歌詞が儚く胸を締めつける“こおろぎ”など、個人的な感想を綴れば果てしない。
全33曲79分43秒、すべての曲に触れることはできないが、どれも人の心にそれぞれ何がしかの「思い」を残すだろう歌ばかり。エンディングは“ビューティフル・サンデイ”が懐かしい田中星児が歌うしみじみと切ない“大きな古時計”、そして再び“森のくまさん”で大団円を迎える。かつて僕のDJ に来てくれていた方なら、「もう一回」のかけ声に続く「ラララ ランランランランラン」に、みんなで大合唱したセルジオ・メンデス&ブラジル'66の“TRISTEZA”を思い出すだろうことは想像に難くない。大人になっても、親になっても、恥ずかしがることなんて全くありません。思う存分、歌って踊ってください!
追記:[staff blog]のページにも書きましたが、グルーヴィジョンズが制作してくれた40ページに及ぶCDブックレットが本当に素敵すぎるので、このポール・ランドを思わせるような洒落た絵本のためのサウンドトラック、という感じで聴いていただいても嬉しいです。また、このコンピレイションの紹介文としては、アプレミディ・セレソン店長の武田が[information]のページに書いた解説の方が、僕の文章よりはるかに優れていますので、ぜひそちらも読んでみてください。「ディズニー映画音楽や懐かしいポップス・スタンダードなどを愛する感覚で触れられる」という形容がいいですね、特に。子供の頃の気持ちを忘れていない大人に捧げます。

SARA TAVARES / XINTI
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


「島音楽」という言葉に惹かれ、ほのかな憧れを抱く音楽ファンは僕だけではないだろうが、これは今年の夏休みのささやかな思い出の一枚。アフリカの西に浮かぶ旧ポルトガル領のカボ・ヴェルデ共和国の女性シンガー・ソングライター、サラ・タヴァレスの涼やかで、しなやかで、甘やかなアルバム。やりきれないような日々の一服の清涼剤のようなアコースティック・サウンドが麗しい。
西アフリカとポルトガルとブラジルの文化の芳醇なメルティング・ポット、カボ・ヴェルデの歌姫と言うと、まずセザリア・エヴォラを思い浮かべる方が多いかもしれないが、HMV渋谷店の試聴機ではすぐ隣りに、以前このページで紹介したマリ共和国のロキア・トラオレが並べられていた。もちろんどちらのファンにも心から推薦できる。僕は去年の夏の嬉しい発見、Ousman Danedjoのことも思い出した(2008年7月上旬のこのコーナーをご覧ください)。サラ・タヴァレスもまた、長く大切に聴き継いでいくニュー・アプレミディ・クラシック、マイ・サマー・クラシックになるだろう。ベース/ドラムス/パーカッションに、ギター/ウクレレ/ヴァイオリン/ピアノ/ヴァイブ/バンブー・フルート/アコーディオンという清らかでたおやかなアンサンブル。そして何よりも可憐な歌声とメロディー。風がそよぎ、光が零れるように全曲があまりにも素晴らしく、何もしないでぼんやりとすごす時間にも永遠に聴いていられる(断言)。まるで風鈴の音のようなエンディングがとても印象的で、ついまた再生ボタンを押してしまうのだ。
茶褐色のアートワークも素敵な、夏のかげろうや浜辺の蜃気楼に溶けていくような音楽。ワールド・ミュージックやジャズといった枠を越えて、すべての音楽愛好家に届いてほしい名盤の誕生。そう、これはシャーデーやキャロル・キングやジョイスを愛する貴方はぜひ、とお薦めしたくなるような、心まで美しくなる音楽なのです。

2009年8月下旬

橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


今回はまもなくリリースされるアプレミディ・レコーズの第3弾をいち早く紹介。ジャケット・デザインの季節の星座は“ペガサス”、日本の伝統色は“茜”。深まりゆく秋をイメージし、起承転結の“転”という意識もあったからか、これまでに比べ女性ジャズ・ヴォーカルの比重が高い一枚になった。紅葉の季節、穏やかな午後がゆっくりと西陽に照らされ美しく染まる夕景から、星空を眺めて眠りにつくまでの時の流れを描くつもりで曲順を組んだ。ライナーで吉本宏がモティーフとしているロベール・ドアノーの写真や、古いモノクロームの映画のような陰影やメランコリーを、このシリーズならではの“輝き”と共に刻むことができたなら本望だ。
絶品のビートルズ・カヴァーに始まる叙情性豊かなオープニングは、そんなこのコンピレイションの象徴的存在と言えるだろうか。カナダの女性歌手サラ・ガザレクによる“BLACKBIRD / BYE BYE BLACKBIRD”。そう、マイルス・デイヴィスやチェット・ベイカーでもお馴染みの名スタンダードの一節を挿入しながら、透明感のある歌声と幻想的なチェロやめくるめく美しさのピアノが、浮遊感あふれるミナス・サウンドを思わせるような雰囲気を漂わせる。
続いて登場するのはフィリピン人のヴォーカリスト、ロアーナ・シーフラが歌うスパイロ・ジャイラ〜マンハッタン・トランスファーの人気曲“SHAKER SONG”。『夏から秋へ』に収めたイタリアのバーバラ・ライモンディ版と甲乙つけがたい、颯爽としたスキャットに導かれるグルーヴィーに躍動する好ヴァージョンで、多くのマニアが驚きの声を挙げるだろう。
ピアノのイントロから切ないスウェーデンのソフィア・ペターソンによる“WHEN ABOUT TO LEAVE”は、コリーヌ・ベイリー・レイの“BUTTERFLY”を聴いているときのようにピュアな情感に胸が詰まる、永遠に瑞々しいラヴ・ソング。つぶやくようなスキャットとこみ上げるメロディーが胸を焦がす、フィンランド出身のジャニータのクール&キュートなボサ“BE YOURSELF”への流れは、もうここ数年、僕のフェイヴァリット・リレーになっている。
そしてミナス・サウンドとビートルズの美しき出会いの結晶、ナンド・ローリアの“IF I FELL”へ。ジョン・レノンの心の震えが伝わるような、胸を締めつける求愛の歌。その哀切の旋律が風に乗ってさすらうように吹き抜ける、歌唱・演奏・アレンジすべてが僕には完璧な、言葉に尽くせぬほどの名演だ。続く“TWO KITES”も、アントニオ・カルロス・ジョビンが書いた胸疼き心洗われるロマンティックな求愛の歌。『春から夏へ』に収めたジョー&トゥッコ版を筆頭に名カヴァーは多いが、ここに収録した英国ジャズの才媛ノーマ・ウィンストンも聴き逃すことはできない。
そのノーマ・ウィンストンが歌詞をつけた“SONG”を表題曲とするファースト・アルバムが最高だった(6月下旬のこのコーナーで大推薦しましたね)南アフリカからベルギーに渡った新星トゥトゥ・プワネは、やはりボブ・ドロウの代表作をカヴァーした心弾む快速スウィング“JUST ABOUT EVERYTHING”をエントリー。クープ“WALTZ FOR KOOP”“BABY”への客演で名高いスウェーデンのセシリア・スターリンの“EVERYTHING MUST CHANGE”も、ベナード・アイグナー作のメロディーを軽快なアコースティック・アレンジで乗りこなし、曲が進むにつれて夜の灯のように輝きを増していく歌声が圧巻で、イェレーヌ・ショグレンが寄せた讃辞にも深くうなずいてしまう。
こうしたクラブ・ジャズ・ファンならずとも食指が動くに違いない疾走感あふれる展開に乗って、スティーヴィー・ワンダーがマイケル・ジャクソンに書いた人気ナンバー“I CAN'T HELP IT”のリサ・カヴァナによるキラー・カヴァーもセレクト。印象的なリフ、憂いを秘めながらもチャーミングな女性ヴォーカルに、数年前はDJプレイすると必ず「これは誰のヴァージョンですか?」と訊かれたものだ。
デンマークのヘルガ・ソステッド・グループ(と発音すればいいのかな?)の“I'M THE ONE”もスピーディーな女声ボサ・ジャズで、吹き抜ける風のようなフルートがどこまでも心地よい。セシリア・スターリンもしかりだが、こうしたテイストとは、大好きなイェレーヌ・ショグレン“THE REAL GUITARIST IN THE HOUSE”の21世紀版を探し求める中で、数多くの素敵な出会いに恵まれた。中でもこれは、北欧のひんやりとした情景と洒落た大人の熱気が同居する知る人ぞ知る逸品だ。一方で、柔らかな風に包まれるようなカラオケ・カルクの歌姫ドナ・レジーナの“HOW BEAUTIFUL”は、知ってる人は知ってるはずの名曲。スウィートマウスやキングス・オブ・コンヴィニエンスの女性ヴォーカル版、というような惹句を捧げればいいだろうか。アコースティック・ギターの刻み、メランコリックなフック、アリソン・スタットンを彷佛とさせる体温低めの澄んだヴォイスがネオアコ心を疼かせる。
弾むピアノと鼓動のようなリズムがリードするポルトガルのポーラ・オリヴェイラによるセルジオ・メンデス“SO MANY STARS”のカヴァーは、ロマンティックな星降る夜空が広がり、都会的で洗練されたバーバラ・モンゴメリーの“WHEN WE FIRST MET”も、フリューゲルホーンが月夜に美しい放物線を描く。どちらも「usen for Cafe Apres-midi」グラン・クリュ・タイムを彩ってきた極上の女声ボサ・ジャズで、この連なりも以前から僕のお気に入りのルーティンだった。
ベルギーのベノワ・マンションの“LE MARCHE AUX PUCES”は、ピエール・バルーを思わせる滋味深い男性フランス語ヴォーカルによるワルツの名品。やはりフリューゲルホーンとの粋な会話という趣きで、香り高く芳醇な熟成感がたまらない。「ブラジリアン・テイク・ファイヴ」という出色のコンセプトが燻し銀の輝きを放つトゥー・フォー・ブラジル“TAKE FIVE”にも、同じしなやかなダンディズムが息づく。ポール・デスモンドのペンによるデイヴ・ブルーベック・カルテットの妙味を踏まえながら、まるでケニー・ランキンやジョアン・ドナートのようなスキャットに惹かれる。そしてコン・ヴォセによるジョビンの名曲“WAVE”のカヴァーへ、というバトンタッチも「usen for Cafe Apres-midi」などで耳憶えのある方がいるかもしれない。典雅なピアノと女性ヴォーカルもさることながら、何よりシャープなリズム隊によるワルツタイム・グルーヴの愉悦に酔いしれてしまう。
いつも「余情」を大切にしたいと思っているエンディングへの流れはまず、歌詞にジョビンへのオマージュも綴られた21世紀ボサノヴァを代表する名作、セルソ・フォンセカの“SLOW MOTION BOSSA NOVA”。繰り返される“You're So Good To Me”というフレーズが胸を打ち、カーティス・メイフィールドの同名曲を思い出す。ハミングも素晴らしい余情を感じさせるアウトロのピアノは、中島ノブユキ『エテパルマ』を愛する貴方なら、ぜひ耳を澄ませてほしい。
“My Slow Motion Bossa Nova Dream”に思いを馳せ、神秘的なメロウネスに浸った後は、カナダのピアニストであるロン・デイヴィスが、儚くも甘美なエリック・サティ“ジムノペディ”の旋律を奏でる。そしてメドレーのように“MOON RIVER”へ。映画「ティファニーで朝食を」のためにヘンリー・マンシーニが書いた、慈しむようなメロディーのオードリー・ヘプバーンのテーマ。安らかな郷愁を誘う瞑想的な音色がジョン・コルトレーンのソプラノ・サックスのように染みてきて、やがて幽玄のフィナーレを迎える。

V.A. / 公園通りの秋〜Cafe Apres-midi meets Rip Curl Recordings
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


この秋『音楽のある風景〜秋から冬へ〜』をぜひとも聴いていただきたいのは当然だが、実はもう一枚、僕が選曲の機会を与えられて個人的にとても気に入っているコンピがあって、特別にこのページで詳しく紹介しよう。それは、アプレミディ・レコーズの制作担当ディレクターでもある稲葉昌太氏がインパートメント内で主宰するレーベル、リップ・カール・レコーディングスの音源を使ったカフェ・アプレミディ・コンピ。レーベルのプロモーションを兼ねた非売品だが、このたび『音楽のある風景〜秋から冬へ〜』の購入特典として配布される(つまり1枚の値段で2枚とも手に入れられるということ!)。双方のショップとオフィスが公園通りを歩いて2〜3分の距離にあることから、『公園通りの秋』と題している。
東京を台風が通過していった8/31、僕はぼんやりと窓の外の雨を眺めながら、ゆっくりと一日かけてリップ・カールのCDと向き合った。半分以上はすでに聴いたことのあるものだったが、サンバあるいはラウンジーなボサ・ブレイクスというレーベルの陽性なイメージ、言わば表の顔よりも、僕の心をとらえたのは、儚い感傷が滲むような、翳りや愁いをたたえた楽曲群だった。内省的な気分にもフィットするような、言ってみればネオアコ的な感性のボサノヴァや女性ヴォーカルを中心に22曲を選び出し、僕がしみじみと家でひとり聴きたい順序に並べた。何となく「ちいさい秋みつけた」という言葉が浮かんだ。優しさと無常感が入り混じったような気持ちになって、クレプスキュール〜チェリー・レッド〜エルといったレーベルの作品集を編んだようなメランコリックな感覚に包まれた。
ブラジル人ながらべヴァリー・ケニーなどのコケティッシュな白人女性ジャズ・ヴォーカルの親密で温かい魅力をよみがえらせたデリカテッセンに始まり、マルシア・ロペスによる“MOON RIVER”(ヘンリー・マンシーニの名曲)、ホドリゴ・ホドリゲスによる“I GET ALONG WITHOUT YOU VERY WELL”(チェット・ベイカーの名唱)、アドリアーナ・マシエルによる“VIDA EM MARTE (LIFE ON MARS)”(デヴィッド・ボウイの名曲/セウ・ジョルジのポルトガル語詞)と、心のひだまで染みてくる筆舌に尽くしがたい好カヴァーが連なる。特にデヴィッド・ボウイ“LIFE ON MARS”のリメイクは一昨日の夜、この曲順で聴いていて思わず涙が滲んでしまい、それ以来どうしても聴くたびに涙腺がゆるむのを待ってしまうようで、センティメントのやり場に困っている。
続いて、充実のデビュー作『ASTROLABIO』が記憶に新しいアレクシア・ボンテンポが、スティーヴィー・ワンダーの人気曲“MY CHERIE AMOUR”を夏の日の記憶のように慈しみをこめて歌う。ライラ・アメジアンの“SINGAPORE”は、ルイ・フィリップ・プロデュース/デニス・ボーヴェル・ミックスによる万華鏡のようなソフト・サイケデリア。さらに僕にはアナ・コスタの最高傑作、と言いたくなるメロウなパウラ・リマとの競作“NOVOS ALVOS”、オースティンのキュートなアコースティック・フレンチが続き、ブラジルのジャック・ジョンソンとも言われるピエール・アデルネとアドリアーナ・マシエルとのデュオによるサウダージ・ソングへ。
そして、このコンピのキーマンのひとり、元オス・ノヴォス・バイアーノスでカエターノ・ヴェローゾやジョルジ・ベンのバンドでも活躍し、今はマリーザ・モンチを支えるMPBの生き証人ながら、実はネオアコ心も併せもつ(と僕が思っている)ダジが登場。郷愁と涙を誘う感動の一曲“PASSANDO”だ。続いては、カエターノ&ガルの名盤『DOMINGO』でも歌われた“AVARANDADO”と、アントニオ・カルロス・ジョビンのしなやかな名旋律“TRISTE”をメドレーにしたベト・カレッティ。ボサノヴァの心を宿したアルゼンチンのシンガー・ソングライターで、最近ブエノスアイレスで一緒にジョビンに捧げるコンサートを行っているという同郷のアグスティン・ペレイラ・ルセーナの再来として、僕の音楽仲間の期待と信頼は厚い。
晩年のジョビンと親交が深かったマリオ・アジネがしっとりと歌い奏でる、言わずもがなのマイ・フェイヴァリット・ソング“TWO KITES”を経て、フォーキーでメディテイティヴな一面も見逃せないブラジルの気鋭シンガー・ソングライター、ホドリゴ・マラニャオンのこみ上げるメロディーが胸に迫る“CAMINHO DAS AGUAS”へ。ここからは、それぞれ個性的なお気に入りのサンバが続く。シコ・ブアルキの妹アナ・ジ・オランダは可憐でピースフル、ミナスの雄トニーニョ・オルタのアレンジでセウ・ジョルジが作曲に絡んだパウラ・サントーロは優美で聴くほどに味わい深い。
傑作揃いだったファースト・アルバム『JJ』で脚光を浴びたジョアキン・ジャニンは、ベルギー在住のフレンチ・ボサ〜スウィングの人気者だが、『音楽のある風景〜秋から冬へ〜』に参加してもらったベノワ・マンションと大の仲よしというエピソードを最近聞いて、とても嬉しかった。ここでは口笛が心地よい“MA FOI”をセレクト。デリカテッセンの一度聴いたら忘れられない逸品“MY MELANCHOLY BABY”は、僕にはサティマ・ビー・ベンジャミンのボサ・ジャズ・ヴァージョンも思い起こさせ、無性に琴線を震わされる。ジョイスの娘アナ・マルチンスと実の父ネルソン・アンジェロの心和らぐ共演“NADA PARECIDO COM VOCE (THERE WILL NEVER BE ANOTHER YOU)”は、チェットの歌でジョアンもジョビンも愛した名曲のポルトガル語版だ。
そしてここからエンディングへ向かう4曲の流れが、僕を悠久の安らぎへと導いてくれる。他にも収録したい曲が多かったダジの“BEM AQUI”はマントラのように心の平穏をもたらす柔らかな瞑想感に惹かれ、カエターノ親子のペンによるモレーノ+2の名作をアドリアーナ・マシエルが白日夢のように歌う“SERTAO”に桃源郷へと誘われ、アレックス・キューバ・バンド“LO MISMO ME AMAS”の天上の響き、宝石のようなピアノと切ないストリングス、地平線の彼方に沈みゆく夕陽のように大らかな歌には、どうしようもなく胸を締めつけられ涙してしまう。この3曲はどれも、魂の平安を祈る鎮魂歌のように僕の心を打つのだ。
最後のオースティンの“DORMIR”はフランス語で「おやすみなさい」という意味。優しく愛をささやき合うような男女デュエットで、コンピレイションは静かに幕を閉じる。僕はこのところ毎晩、森有正の書簡集「バビロンの流れのほとりにて」を4年ぶりに読みながら(4年前以上に彼の言葉が深く重く染みてきます)、『公園通りの秋』に繰り返し耳を傾け眠りについているが、もしこれに代えて聴きたい音楽があるとすれば今は、ようやく完成したキングス・オブ・コンヴィニエンスの新作『DECLARATION OF DEPENDENCE』だけだ。このふたつの作品は、とてもよく似た情感を持っていると感じる。僕にとって2009年のNo.1アルバムかもしれないキングス・オブ・コンヴィニエンスの新作(ベン・ワットの『NORTH MARINE DRIVE』級です)については、また近いうちに改めて書くことにしよう。

2009年9月上旬

V.A. / MELLOW VOICES ~ BEAUTIFULLY HUMAN EDITION
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


「メロウ・ビーツ」歌もの編の冠を借りた「2000年代版フリー・ソウル・コンピ」、その第2章。前作の『MELLOW VOICES ~ WONDER LOVE COLLECTION』はこの1年、初対面の方や(例えば家族や学生時代の友人の紹介のような)音楽にそれほど突っ込んだ興味を抱いていない方に、僕が選曲したCDを何か一枚差し上げる、というようなときに最も重宝してきた。そういう意味でこのシリーズは、日々の生活のシーンの中で(ドライヴやリヴィングルームでの寛ぎのひとときはもちろん、通勤・通学中まで)、個人の趣味性を越えて訴えかけるもの、ハートに伝わる情感を秘めていると感じている。特に今回の『BEAUTIFULLY HUMAN EDITION』は、ライセンス音源の充実もあって参加アーティストの顔ぶれが凄く(ディアンジェロ/コリーヌ・ベイリー・レイからポール・ウェラー、そしてタイトルの由来になったジル・スコットまで)、誰にでも自信を持ってお薦めできる、新しい名刺代わりの一枚ができた、と僕自身がいちばん喜んでいるのかもしれない。
まずは愛すべきミニー・リパートンの面影がよぎる、アプレミディ・セレソン武田の言葉を借りるなら、「爽やかな風に運ばれてくる甘い香りに包まれるような天上のメロウネス漂う」イントロダクション。続いて21世紀の幕開きを祝福したブラジリアン・ソウルの輝かしい金字塔、ドニーのスティーヴィー・ワンダー・フレイヴァーあふれる“DO YOU KNOW?”へ。選曲の流れのイメージ上、ぜひ2曲目にキャッチーでグルーヴィーな名作が欲しかったので、モータウンから特別にライセンスしていただいた(しかもこの曲はそろそろ寝かせ頃でしょ?)。そして『WONDER LOVE COLLECTION』では“BEAUTIFUL LOVE”がオープニングをハートウォームに飾ったマイロンのもうひとつの名曲“BRIGHTER DAY”。やはりスティーヴィーの全盛期を彷佛とさせるこの曲を聴いていると、僕は傷心のときにも何となく少し勇気が湧いてポジティヴな気持ちになれるのだ。
名唱の多いペヴェン・エヴェレットは、以前ムジカノッサ中村がこのコーナーで“CAN'T DO WITHOUT”を「スティーヴィー・ワンダー・マナーの新世代メイル・シンガーの作品として、僕にとってはドニーの“DO YOU KNOW?”以来の衝撃的な素晴らしさ」と絶賛していたが、僕がチョイスするのは断然“THIS JUST IN”。やはり中村が「フリー・ソウル・アンダーグラウンド」ではこちらを、と紹介して「一瞬“WORK TO DO”を想わせるメロウなこみ上げオーガニック・グルーヴ」と書いていたのが印象に残っている。続くヤング・ディサイプルズの歌姫カーリーン・アンダーソンとポール・ウェラーの共演も、中村を始めとするフリー・ソウル・サポーターには夢の顔合わせだろう。しかも楽曲はレオン・ウェアが書いてマイケル・ジャクソンがヒットさせた“WANNA BE WHERE YOU ARE”。マーヴィン・ゲイやホセ・フェリシアーノ、ズレーマやメリサ・マンチェスターなどのヴァージョンでもフリー・ソウル・ファンに愛される真のこみ上げ名曲だが、これも聴けば聴くほど胸をつかまれる名演。JB第2世代女性シンガーのカーリーン・アンダーソンのソウルフルな魅力は言うまでもないが、塩からい声のウェラー、ソウルマンとしてのウェラーも僕の心を熱くする。思えば90年代初頭、トーキング・ラウドNo.1の名盤、ヤング・ディサイプルズの『ROAD TO FREEDOM』は、スタイル・カウンシルのふたりが参加し、ソリッド・ボンドで録音されたのだったが、その固い絆は10年以上の時を経ても決してゆるぎない。
楽曲を自由に使うことができた、オーガニック・ソウルの代名詞的存在のフィラデルフィアの名門レーベル、ヒドゥン・ビーチの作品群からは、まずインディア・アリーをフィーチャーしたキンドレッド・ザ・ファミリー・ソウルの“STRUGGLE NO MORE”を選んだ。まるで宝石のように美しいピアノ・ループに彩られた最高のメロウ・ビーツ・トラックと、心を晴れやかにしてくれる伸びやかな歌声が至福の歓びをもたらしてくれるから。続くジル・スコットは21世紀ネオ・ソウルの夜明けを告げたフィリーの至宝。シーンの象徴的名盤『BEAUTIFULLY HUMAN』から、前曲との親和性を重視して“WHATEVER”をセレクトした。エモーショナルな歌と次第に深まりゆくグルーヴ、という感じで、メロウ&ファンキーな会心のつなぎになったと思う。そしてジル・スコットと並ぶネオ・ソウルの旗手、ポスト・ディアンジェロとも謳われるデトロイトの雄ドゥウェレへ。J・ディラ制作のコモン“THE LIGHT”で引用され、そのメロディーをエリカ・バドゥも歌ったボビー・コールドウェルの“OPEN YOUR EYES”が、極上のファルセット・ヴォイスでフィンガースナッピンなバラードに仕立てられている。
次のクリティカリー・アクレイムド&ケヴ・ブラウン“WALLFLOWER”は、実はこのコンピの最重要曲かもしれない。というのも、この曲が前半と後半の大切な(効果的な)パイプ役を果たしたことによって今回の選曲は成功した、と聴くたびにいつも確信するから。キュートでメロウなピアノ・サンプルが印象的なチャーミングなラップ・チューンだが、これだけ前後に良い曲が揃っていても、この曲の存在がなかったら、これほど美しく素晴らしい流れにはならなかっただろう、と僕は思う。
続くディアンジェロの“AFRICA”を収録することができたのは本当に嬉しかった。悠久の時の流れ、優しく慈しみ深い、言ってみれば皮膚で聴く(感じる)音楽。肉体が疲れているときほど心地よく響く、というのがとりわけこの曲の真価だと思う。ぜひ横になって聴いてください。カーティス・メイフィールドやプリンスでさえ、この境地に達せられる曲はないような気がするほどだ。
そんな雰囲気を受けて静かに奏でられる、唯一無二のメロディー・メイカー、ベニー・シングスの“OVER MY HEAD”も、メランコリーと内省感がじんわりと胸に沁みてくる。同じジャザノヴァ主宰ソナー・コレクティヴからのエントリーとなるシーフ“HOME”は、サーシャ・ゴットシャルクの滋味深いヴォーカルに涙する、まるでロバート・ワイアットやテリー・キャリアーのように胸を打つ名作。こうした翳りを帯びたフォーキー/サイケデリアな音像をメロウと解釈するのが21世紀のニュー・パースペクティヴだ。
さらに、美しい夕映えの光景を目にしたときのように震える想いがこみ上げる、コリーヌ・ベイリー・レイの胸を焦がす名曲“BUTTERFLY”が連なる。聴いているうちにフォト・アルバムのページを繰るようなセンティメントに包まれるが、ディアンジェロからこの曲あたりまでの流れは、僕には懐かしい記憶や夢の中で描かれる天国のドラマのようでもある。
続くふたりの女性シンガーも、敢えてコリーヌ・ベイリー・レイと並べたくなる(3人ともその存在感自体が素敵なのだ)、ミニー・リパートンのしなやかな知性と多感な恋心を併せもつような、聴く者を惹きつけてやまない歌声の持ち主。ベニー・シングスの秘蔵っ娘ジョヴァンカの“PURE BLISS”は、やはり夕暮れの浜辺に佇むような感傷がチャーミングに広がる。90年代前半に稀代の名曲“GOT ME A FEELING”でブギー・バック・レコーズから登場したときの感激が忘れられないミスティー・オールドランドの“ANGEL”は、アントニオ・カルロス&ジョカフィ“VOCE ABUSO”の心洗われるブラジリアン・サウタージ・メロディーを胸が詰まるようなメロウ・ソウルとしてよみがえらせた逸品。コリーヌ・ベイリー・レイの瑞々しいデビューに心ときめかせた頃、僕が真っ先に思い浮かべたのはミスティー・オールドランドとリンダ・ルイスだった。
先日の丸の内・Cotton Clubでの来日公演の際に、僕の音楽仲間と一緒に写真を撮らせていただき、このコンピレイションCDに“Peace, Love, Music”というメッセージと共にサインをしてくれたテリー・キャリアーは、最新作から僕のこの夏の愛聴曲“THE HOOD I LEFT BEHIND”を収めた。カーティス・メイフィールドの名も織り込まれた、故郷シカゴへの思いを綴ったアコースティック・ソウルで、その血の通った慈愛に満ちた歌声が心の底で何か大切なものに触れて、身体の奥から少しずつ体温が上がってくるようだ。
エンディングに向けては、再びヒドゥン・ビーチを代表してキンドレッド・ザ・ファミリー・ソウルにご登場願い、アシュフォード&シンプソンの現代版とでも言うべきおしどり夫婦ぶりが好ましい男女デュエット“WHERE WOULD I BE”で、親密でピースフルなムードを演出した。陶酔的な浮遊感を漂わせるジョージ・ベンソンのギター・サンプルもミラクルな、愛情に満ちあふれた名クワイエット・ストームだ。ラストは、生楽器によるレゲエとソウルとフォークのオーガニックな融合が魅惑的なサウンドで彗星のごとく現れた、スイス出身のシンガー・ソングライター、リー・エヴァートンの“COMFORT ME”。切なさと安らぎを滲ませながら精神が解き放たれるような、この柔らかなハートビートとハーモニーを紡ぐ一曲で、身も心もカンファタブルな地上の楽園気分をリラックスして最後まで味わってください。

Q-TIP / KAMAAL THE ABSTRACT
CHICO HAMILTON / CHICO THE MASTER
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


ジャズとソウルとファンクとヒップホップが力強く交錯するQ・ティップの最高傑作、と断言したい一枚ながら、「シングルがない」というレコード会社サイドの理由で、長らくお蔵入りになっていた幻の『KAMAAL THE ABSTRACT』が、遂に正規リリース。スライやプリンス、シュギー・オーティスなどを思わせるラフでタフなバンド・サウンド中心の乾いたトラック、ジャズの匂いが濃厚なキーボード・ワークに耳を奪われるが、実際これはQ・ティップがただただ音楽に没頭して作ったようなアルバムだと思う。ディアンジェロの『VOODOO』の気配を継いだようなサイケデリックでメディテイティヴな風情もたまらない。
その象徴とも言えるだろう絶品の一曲が、プリンスの最良の瞬間にも匹敵する(イントロから僕には“SIGN OF THE TIMES”を彷佛とさせる)“DO YOU DIG U?”。曲が進むにつれて、ゲイリー・トーマスのたなびくフルートが存在感を増し、いつの間にか幻想的なマインド・トリップへと誘われる。かつて“MIDNIGHT MARAUDERS TOUR GUIDE”のバックで流れていたカル・ジェイダーの“AQUARIUS”を思い出すトライブ・コールド・クエスト・フリークは、僕だけではないはずだ。
続く“A MILLION TIMES”〜“BLUE GIRL”の冥界を彷徨い夢遊するような流れにも強く惹かれるが、ビル・リー率いたディセンダンツ・オブ・マイク・アンド・フィービがストラタ・イーストに吹き込んだ名曲群を思い浮かべずにいられない、優しくスピリチュアルな黒人霊歌のような“CARING”から、懐かしき伝説『THE LOW END THEORY』に思いを馳せたくなる会心のジャズ・ヒップホップ“EVEN IF IT IS SO”、そしてやはりファーストからサードの頃のATCQのファンなら痺れるに違いないボーナス曲“MAKE IT WORK”へ、という凛としたエンディングの潔さにも、僕は魅了され続けている。
Q・ティップは近年のインタヴューで、「このアルバムはマイルス・デイヴィスの『KIND OF BLUE』みたいな作品にしようと作った」と発言しているが、確かにこれは彼の全作品の中でも特にジャズ・ファンにお薦めしたい一枚。そして聴いていて改めて思うのは、僕はQ・ティップのクレヴァーかつ天然なところが最高に好きだということだ。コモンとの「The Standard」、ラファエル・サディークとディアンジェロとの「Rinwood Rose」といったプロジェクトの音源が届くのも、首を長くして楽しみにしている。
さて、今回はもうひとつリコメンド盤があって、それは、僕がずっとQ・ティップがいつかサンプリングするのでは、と思っていたら、先にCALMが引用したのが印象深かった泣ける名曲“GENGIS”を収録した、チコ・ハミルトンの異色のファンキー・ジャム盤『CHICO THE MASTER』。MUROくんがセレクトしたスタックスのリイシュー・シリーズでようやく日本盤CD化されたのだ。チコ・ハミルトンと言えば、ジェリー・マリガンのピアノレス・カルテットや『BLUE SANDS』を始めとする自身の室内楽風の諸作など、パシフィック・ジャズでの活躍で名高いウエスト・コーストのドラマーで、映画「真夏の夜のジャズ」での神秘的な演奏シーンが脳裏に焼きついているが、1973年スタックス録音らしいこのアルバムには、ニューオーリンズ風味のセカンドライン・ファンクの名盤『DIXIE CHICKEN』(大好きです!)で当時隆盛を極めていたリトル・フィートのローウェル・ジョージ(スライド・ギター)やビル・ペイン(ピアノ)が参加し、スリリングな冴えまくりの一大セッションを繰り広げている。
というわけで、MUROくんが強くプッシュするファンキーで味わい深い“I CAN HEAR THE GRASS GROW”や、サンタナとの競作となった甘美なラテン・ナンバー“CONQUISTADORES '74”といった、熱気みなぎる充実のプレイが詰まっているのだが、そんな中でもやはり僕にとって特別な一曲は“GENGIS”。単行本「ジャズ・シュプリーム」でも紹介したが、儚すぎるほどの物哀しさに胸の奥が疼く、切ないフェンダー・ローズとベース・ラインに琴線を震わされるディープ&スピリチュアルな秘宝だ。Q・ティップ好きには、ロータリー・コネクション“MEMORY BAND”とミニー・リパートン“INSIDE MY LOVE”とランプ“DAYLIGHT”が溶け合ったようなメロウ・マッドネスな宇宙が広がる、と推薦しておこう。アナログ盤も最近はあまり見かけないようなので、この機会をお見逃しないように。

2009年9月下旬

KINGS OF CONVENIENCE / DECLARATION OF DEPENDENCE
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


2009年リリースの新譜の中ではすでに最もよく聴いているアルバム。待ちに待ったというか、最近いちばん楽しみにしていたキングス・オブ・コンヴィニエンスの5年ぶりの新作だが、これがもう頬ずりしたくなるような期待以上の一枚で、毎晩のように部屋の灯りを消して寝床にもぐりこむのと同時に聴き入っている。目を閉じて、息をひそめて。
そう、このアルバムは、深まりゆく秋から冬にかけての夜、ひとり聴くのが最も似合っている、そんな気がする。しかも、ゆっくりとポットに温かい紅茶を用意して、とか、恋愛小説のお供に、というのではなく、ただソファやベッドに横になってじっくりと、という感じなのだ。透き通るように儚く美しい音楽、その歌声とアコースティック楽器の音色が、心のひだまで染みとおってくる。
本人たちは今作を「知的なボサノヴァ」と表しているが、僕から見るとこれは、ボサノヴァを愛するノルウェイの男ふたりに奏でてほしい音そのもの。絶対にアナログ・レコードも欲しくなるジャケットの素晴らしさからも、そんな雰囲気は伝わるはず。メロディーやハーモニーは言うまでもなく、音の「響き」や「間」、空気の震えに細心のこだわりを払ったサウンド(最高のリヴァーブ!)の繊細な美しさには、彼らが作品に取り組む誠実な姿勢が宿り、知性と感性の絶妙なバランスがうかがえる。
とりわけ冒頭の“24-25”や“FREEDOM AND ITS OWNER”は、生きていたいという気持ちが少しずつ薄れていくようなときにさえ心に響く名曲だと思う。ベン・ワットの“NORTH MARINE DRIVE”やボブ・ディランのカヴァー“YOU'RE GONNA MAKE ME LONESOME WHEN YOU GO”がそうであるように。僕も大好きだった前作の人気曲“MISREAD”を彷佛とさせる“ME IN YOU”や、ホセ・ゴンザレス“HOW LOW”と共振するような心から共感できるメッセージ・ソング“RULE MY WORLD”、「自分の人生も空っぽになった夜のストリートでの暴動だな」という思いが静かなせせらぎ音のように沁みてくる“RIOT ON AN EMPTY STREET”、2本のアコースティック・ギターで紡がれる“All that is living can be hurt, and that's the end of innocence”という歌詞も印象的な“SECOND TO NUMB”に、アーランド・オイエが「まるでポーティスヘッドのカヴァーみたいだよね」と語る“SCARS ON LAND”なども胸を打つ。どの曲も、過去の思い出に慰めを見出し、夢や幻影だけが心を鎮めてくれる僕のような人間の肌に合うだけでなく、「苦み」や「痛み」を踏まえたうえで、強い意志のもとに鳴らされている音楽なのだ。この作品が「ふたり」の妥協ない共同作業によって生まれたことも、そうした凛とした感触に大きく寄与しているだろう。
だから、一聴すると、どこまでも優しくハートウォームな彼らの音楽について、僕が敢えて特筆したいのは、このアルバムのほろ苦い後味のことだ。孤独や寂寞を知り、甘さや切なさだけが心の栄養ではないと気づいてしまった、少年の心を持ちながら人生を重ねた大人の音楽。2001年のアルバム・デビュー以来、キングス・オブ・コンヴィニエンスの作品はリミックス盤も含めすべて好きだが、僕にとって今作は特別。コーネリアスやファイストとの交流で彼らを知ったという方も、ぜひ聴いてみてください。

JIM O'ROURKE / THE VISITOR
IAN O'BRIEN / KOKORO
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


キングス・オブ・コンヴィニエンスの新作を2回繰り返し聴いても眠ることができず、夜明けが近づいてしまった頃に僕が手を伸ばすのが、やはり最近リリースされたばかりのジム・オルークの『THE VISITOR』。ジョン・フェイヒィを思わせるようなアコースティック・ギターの爪弾きと揺れるピアノに彩られた、フォーキー・アンビエント(〜フリー・ジャズ)な40分のワン・トラック・アルバム。一昨年の細野晴臣トリビュート盤でのカヒミ・カリィとの“風来坊”も素晴らしかったが(あのスティール・ドラムの音色が今でも夢の中で鳴っているようです)、彼の作品中で最も好きな一枚かもしれないという予感があって、ゆっくり聴き込んでみようと思っている。音楽の美しさに心が真空になる瞬間を求めて(キングス・オブ・コンヴィニエンスの“24-25”にはそんな感じがあるのです)。本来であれば、僕自身もアプレミディ・セレソン武田による推薦文をじっくり読んでみたいのだが、とりあえずタイミング的に、まずはここで紹介させていただくことにした。
そしてもう一枚、音楽について文章を書くときに、最近「心」という言葉を使いすぎているかな、と思っていた矢先に、CDショップで不意討ちのように出会ったイアン・オブライアンの編集盤『KOKORO』。昨年出たDJミックス盤『mi-mix』は、あの“NATURAL KNOWLEDGE”を筆頭に彼の変拍子トラックを熱烈に愛する僕には7割の満足度だったが、イアン自ら「自分の魂の一部」と語る選りすぐりのナンバーばかり揃ったこのコンピレイションは、まさに裏ベストと言っていい充実ぶりが嬉しい。
何と言っても“MONKEY JAZZ”をCDで聴けるというだけでも、この盤の価値は絶大だろう。彼にとっては“MAD MIKE DISEASE”と並ぶUR/マッド・マイクへのオマージュであり、ワールド・2・ワールド〜ギャラクシー・2・ギャラクシーの遺伝子を継いだ、これぞ“HI-TECH JAZZ”の理想的なクローンと言えるエレクトロ・ジャズの名作だ。
リミックス・ワークでは、ジャザノヴァ流のテック・ハウスとして高い評価を得た“DAYS TO COME”を、イアンらしいフロアが燃えるシャープなビートに仕上げているのはもちろん、ジョン・コルトレーンの名曲“NAIMA”を女声コーラスとフェンダー・ローズ、フルートをフィーチャーして都会的かつ爽やかで麗しいダンス・チューンに仕立てているのも注目。ちょうど4ヒーローもこの曲をカヴァーしたブロークンビーツ全盛の頃、ウエスト・ロンドンのローズ・オブ・モーションから発表されたこのヒプノティック版のリミックスに、彼は自分から名乗りを上げたのだという。
『THE SOUL OF SCIENCE』の編纂コンビであり、ビューティー・ルームでもコラボレイトしたアズ・ワンことカーク・ディジョージオとの共作“NIGHT ON THE PROMENADE”も、両者らしいジャズ〜フュージョン色の濃いメロディアスでコズミックなロマンティシズムが香るが、このコンピの目玉とも言えるだろうロス・ヘルマノスとの共作を含む新曲・未発表曲はどれもピュアなデトロイト・テクノ直系のスタイル。そんな中でも最新作だという“THE NIGHT BEFORE”は、僕好みのメロウでスペイシーでアンビエントな作風だ。
いずれにせよ、ここに収められているのは、ダンスフロアで「心」を感じられる、人間味に満ちたトラックばかり。“The Password Is Courage”という大きくうなずけるメッセージを胸に、身体を揺らし、宇宙に思いを馳せることにしよう。

2009年10月上旬

MILES DAVIS / KIND OF BLUE
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


深まりゆく秋。そんな夜長に何か一枚というようなとき、何を今さらと言われるかもしれないが、僕は2009年、このアルバムをいちばん手にしている。静かな思索のひとときに、「孤愁」の青い夜に、哲学的な佇まいで遠い星の輝きのように響く。
ジャズの名盤ガイドなどでは、判で押したように、マイルスとコルトレーンがモード・ジャズ芸術を確立した記念碑と崇められているこの作品だが(そのわりに肝心のモード・ジャズについての説明が煮えきらないことが多くて、若い頃の僕はもどかしく感じたものだ)、個人的なリスニング体験を綴った文章には意外に出会ったことがない。僕がこの秋よく針を下ろしているのは“BLUE IN GREEN”と“FLAMENCO SKETCHES”。目を閉じて聴いていると、一音一音の美しさが神経を和らげるように染みてきて、まぶたの中に深遠な小宇宙が広がる。どちらの曲もマイルスのミュート・プレイはもちろん、ビル・エヴァンスの真珠のようなリリカルなピアノが優しく空気を震わせる。ディスクガイド「Jazz Supreme」ではNujabesも、“FLAMENCO SKETCHES”を推薦して、「マイルスのトランペットは脳の後ろ側からサラウンドに響き渡り、神経をゆらがせてくれる」と書いていた。静寂に溶け込むような“BLUE IN GREEN”は、僕が1992年に初めて手がけたTokyo FMの選曲プログラム「サバービアズ・パーティー」の後枠の、山田詠美さんの番組のタイトルがこの曲名だったことを、あるとき懐かしく思い出した。考えてみればとても詩的な言葉で、ひどく真夜中に相応しいネイミングだな、と今になって感心する。
思えば「ジャズで踊る」シーンに夢中だったその頃は、まず耳を奪われたのがオープニングの“SO WHAT”だったのも懐かしい。ロニー・ジョーダンがこの曲の渋いジャズ・ギターによるカヴァーで登場してきたときは震えが来た。同世代の音楽仲間ほとんどがそうだったに違いない。そしてその後15年以上にわたって最も好きだったのは“ALL BLUES”。中毒性の高いモーダル・ワルツの珠玉の名品だが、今秋そのトップ・フェイヴァリットの座を前述2曲に譲った、というわけだ。僕が歳をとったからなのか、人生に疲れたからなのか。
ジャズ至上に燦然と輝くこの名盤中の名盤は今年でちょうど50歳を迎えた。財布に余裕のある方は50周年記念ボックスを手に入れるのがいいだろうが、安く出廻っている中古盤でもいっこうに構わない。ジャズ・ファンならずとも、今一度ぜひ耳を傾けてほしい。あまりによく聴くので僕は輸入盤CDも買った。最近は朝起きてまず最初に聴く一枚にもなっている。秋ぐらい、こんな一日の始まりがあってもいい。

LLOYD MILLER / A LIFETIME IN ORIENTAL JAZZ
加藤和彦 / パパ・ヘミングウェイ
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


そして『KIND OF BLUE』の後によく聴くのが、最近ジャズマンが編集したロイド・ミラーのベスト盤『A LIFETIME IN ORIENTAL JAZZ』で、と話を進めるつもりだったが、加藤和彦氏の遺書の内容を知って、原稿を急遽さしかえることにした(10/20)。オリエンタル・モード・ジャズの至宝ロイド・ミラーについては、5月上旬のこのコーナーで僕が強く推薦しているので、ぜひそちらを読んでみてほしいが、今回のコンピレイションはさらに曲の粒が揃っている。
ポジティヴで社交的ながら、自分の美学には厳格でひどく繊細だったはずの加藤さん(面識はないが、そう呼ばせていただく)は、命をかけて、僕たち音楽好きに警鐘を鳴らしてくれたのだと思う。「一生懸命音楽をやってきたが、音楽そのものが世の中に必要なものなのか、自分がやってきたことが本当に必要なのか疑問を感じた。もう生きていたくない」──これを読んで何も感じない音楽業界の人間を僕は信じない。彼の熱心なファンだったとは言えない僕だが、ひりひりした切迫感に胸が痛む。
“あの素晴らしい愛をもう一度”は小学生の頃から大好きだったが、彼のソロ・アルバムは、僕が高校生だった1983年の『あの頃、マリー・ローランサン』を最後に聴いていなかった。個人的にいちばん好印象を抱いていたのは、1979年作の『パパ・ヘミングウェイ』。いわゆる「三部作」の最初の一枚で、タイトルが示唆するように、バハマはコンパス・ポイント・スタジオでの録音も含むカリブ風味のアルバム。安井かずみの歌詞に惚れ込んでいた僕は、サウダージあふれる“MEMORIES”という曲に入れ込んでいたのだが、今日、夕暮れどきに聴き返していて、その曲の口笛が流れてきた瞬間、涙があふれそうになった。1989年にリイシューされた際のCDジャケットは、金子國義による鮮やかなペインティングが素敵なので、私物をスキャンして[staff blog]のページに掲げることにする。明日からはカフェ・アプレミディにも飾ることにしよう。ボブ・ディランの“DON'T THINK TWICE, IT'S ALL RIGHT”を聴いてギターを始めたという、稀代のスタイリストの死を悼んで。
加藤さんにはもうひとつ、僕の心に深く染みてきた言葉がある。2002年に彼自身が選曲した作品集『MEMORIES』の帯キャップに寄せられた文章だ──「私にとって、これは単なる思い出に過ぎないが、思い出が人生にとって重要な、そして意味のあるも
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