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橋本徹の推薦盤(2010年2月上旬〜2010年5月上旬)
2010年2月上旬

NINA SIMONE / FREE SOUL. the classic of NINA SIMONE
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


去年の暮れに大雪の仙台から届いた「ニーナ・シモン聴いてうつらうつらしています。ニーナ・シモンが良い季節ですねー」という一通のメッセージに触発され、一気に収録希望曲を選び出し、年が明けてすぐの頃、フリー・ソウル・シリーズという意識を踏まえながら熟考を重ね選抜し曲順を決めた、僕にとって究極のニーナ・シモン・ベスト・セレクション。ひと筆描きのように選曲できなかったのは最近では珍しく、それだけ気合いの入った一枚と言うこともできるかもしれない。素晴らしいアルバムが9枚残されている1967〜74年のRCA在籍時の音源を中心に、その前後の時期からもキーとなる楽曲をライセンス収録して、かけがえのない80分間を構成している。自分にとって大切な人たちはもちろん、少しでも多くの方に聴いていただけたらこの上ない歓びだ。
本当に心のひだまで染みわたる、あるいは胸のすくような名唱ばかりだと思う。思えばフリー・ソウルのクラブ・パーティーをスタートさせた90年代半ば、二見裕志も山下洋も小林径もDJは皆ニーナ・シモンの音楽を愛していた(その当時、最もよくスピンされたのは、エレン・マクルウェインやラビ・シフレなどと相性抜群だった、スピリチュアルかつパーカッシヴな“FUNKIER THAN A MOSQUITO'S TWEETER”だろう)。その後はエゴ・ラッピンを始め日本のアーティストからのリスペクトの声も数多く聞いた。彼らはこのコンピレイションをどんな思いで聴いてくれるのだろうか。こうして言葉を紡いでいるだけで、熱い気持ちがこみ上げてくる。
ここに収めた全曲の解説や、ニーナ・シモンがどれほど多くの現代の女性アーティストに影響を与えているかは、[staff blog]のページにも掲げた僕のライナーノーツを読んでみてほしい。前半はフリー・ソウル節、と言えるだろう人気曲が並ぶたたみかけるようなグルーヴィーな展開。そして次第にジャズ/ソウル/フォーク/SSW/ブルース/ゴスペル/レゲエといった多彩な魅力にスポットを当てていった。シャルル・アズナヴールのシャンソンの英詞カヴァー“TOMORROW IS MY TURN”は、何度聴いてもサビに向かって弦が入ってくるところでいつも涙が出そうになる。歌詞もまるで今の自分のためにあるようで、切ないメロディーにのった“Whenever summer is gone, there is another to come”という歌声が深く沁みてくる。
ボブ・ディランに匹敵するフォーク/SSW的な語り部としての滋味深さが心を穏やかに鎮めてくれる“JUST LIKE TOM THUMB'S BLUES”のカヴァー、さらにレナード・コーエン“SUZANNE”やジェリー・ジェフ・ウォーカー“MR. BOJANGLES”(『素晴らしきメランコリーの世界〜シンガー・ソングライター編』には、ホームメイドでハートウォームなデニス・ランバート&クレイグ・ナッティカムのヴァージョンを入れました)などの楽曲も、僕にとっては一生ものの名演だ。ファイヴ・ステアステップス“O-O-H CHILD”を筆頭とするソウル・ナンバーも群を抜いて申し分ない。歴史的な評価も高い、これまでの多くのニーナ・シモンの編集盤が重きを置いてきたフリーダム・ファイターとしてのプロテスト・ソング(言ってみれば『REVOLUTIONARY SOUL & THE CIVIL RIGHTS MOVEMENT』というところか)、ウェルドン・アーヴァインとの共作でダニー・ハサウェイも歌った“TO BE YOUNG, GIFTED AND BLACK”やマーティン・ルーサー・キング牧師を追悼した“WHY? (THE KING OF LOVE IS DEAD)”では、アレサ・フランクリンさえも凌駕するほど。
このコンピの最大の目玉だろう世界初CD化となる“AIN'T GOT NO - I GOT LIFE”のヨーロッパ盤7インチやライヴ版“MY BABY JUST CARES FOR ME”といったフロア・キラーは言うまでもないが、ワルツ・スウィングの“GO TO HELL”や最近ホセ・ジェイムスもカヴァーしていた“WORK SONG”のような渋いブルース曲も絶対モッド好みのはず。ホール&オーツの“RICH GIRL”、そしてランディー・ニューマンの“BALTIMORE”は数ある白人ソングライター名曲のレゲエ・カヴァーの中でもNo.1と確信する哀愁の逸品だ。そこから泣ける夕暮れロック・ステディー風味でどんなに冷えた心も暖めてくれるアーロン・ネヴィル“TELL IT LIKE IT IS”のカヴァーへの流れは、音楽の(人生の)特別な時間を宿していると僕は思う。
個人的には今いちばん胸が熱くなり心震える曲“EVERYONE'S GONE TO THE MOON”(みんな月へ行ってしまった)以降の後半は、特にプライヴェイトな好みを優先させていただいたが、ジャズ・ヴォーカルの女王としてビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルドにも優る存在感を実感してもらえるだろう。60年代初頭コルピックス期の作品から唯一選び抜いた、クラシカルなピアノ・ソロも美しいNYヴィレッジ・ゲイトでのライヴ録音“JUST IN TIME”は、素晴らしいニーナ・シモン物語をCDブックレットに寄せてくれた高橋芳朗氏の文章との偶然の合致に「奇跡」を感じたことも付け加えておきたい。ラストに置いた“THE HUMAN TOUCH”というタイトルは、ニーナ・シモンの音楽を象徴する言葉だと信じている。

V.A. / EVERYDAY BLUE NOTE - COMPILED BY GILLES PETERSON
V.A. / FREEDOM RHYTHM & SOUND
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


ブルーノートを題材としたジャイルス・ピーターソンの最新コンピ『EVERYDAY BLUE NOTE』。アート・ブレイキー“ELEPHANT WALK”のオープニングが素晴らしくいい。神秘的で神聖、太古の記憶が優しくよみがえるような、彼が惚れ込みコールリッジ・パーキンソンの音楽ディレクションでブルーノート盤も吹き込まれた、ナイジェリア出身のソロモン・イロリに通じるスピリチュアルな世界だ。
その他にも鎮魂のニュアンスがうかがえる黒人霊歌的な曲が多く選ばれているのを、僕は強く支持する。オルガンと憂いを帯びたチャント(Sacred Chorale)が教会音楽を思わせるフレディー・ローチ“CLOUD 788”。『BLUE NOTE for Cafe Apres-midi』に収録したコールリッジ・パーキンソン×ドナルド・バード“ELIJAH”と並ぶ黒人霊歌風ラメントの象徴と言えるデューク・ピアソン“CHRISTO REDENTOR”。パーカッション&コーラスのプリミティヴな響きとモダンな構造を併せもつホレス・シルヴァー“THE GODS OF THE YORUBA”は『FREEDOM SUITE』に入っていてもいいような鮮烈なトラックで、よりラディカルにすればガトー・バルビエリ&ダラー・ブランド“EIGHTY FIRST STREET”、より陽性にファンキーにすればドゥドゥ・プクワナ“DIAMOND EXPRESS”という感じだ。 「セロニアス・モンクとセシル・テイラーを結ぶ真にクリエイティヴなピアニスト」アンドリュー・ヒルの“ILLUSION”にも同じことが言える。僕はかつて、やはり本作にもエントリーされているロニー・フォスターの“MYSTIC BREW”(トライブ・コールド・クエストによる絶妙なサンプリングでも知られていますね)に続けて『FREE SOUL. the classic of BLUE NOTE 2』に弦楽四重奏を伴った録音を収めたが、マッドリブが“ANDREW HILL BREAK”として再生し、アンダーウルヴズがメロウにサンプルしていたのも印象深い。
ボビー・ハッチャーソンの名ワルツ“LITTLE B'S POEM”は『JAZZ SUPREME 〜 MAIDEN BLUE VOYAGE』でもお馴染みのはず。ジャイルス・ピーターソンが「結婚したいぐらい好きな女性ヴォーカリスト」と語っていたディー・ディー・ブリッジウォーターによる素晴らしいヴォーカル・ヴァージョンは『JAZZ SUPREME 〜 SPIRITUAL WALTZ-A-NOVA』で聴くことができる。続くウェイン・ショーターはこれまで僕は“FOOTPRINTS”“MAHJONG”“DANCE CADAVEROUS”を自分のコンピレイションに選んでいるが、単行本「Jazz Supreme」の“Midnight Chill-Out Blues”の項では、「60年代半ばの若きショーターのブルーノート諸作はここ数年、本当によく聴く。(中略)ミステリアスな香気漂う表題曲に始まる『NIGHT DREAMER』を秋の夜に」と書いていて、まさにその曲をジャイルスはセレクトしている。さらに続いてのフレディー・ハバード“ASSUNTA”は、正真正銘『JAZZ SUPREME 〜 MAIDEN BLUE VOYAGE』の選曲で最後の最後まで候補に残っていた、ウェイン・ショーターとの2管フロントによるジャズの凛としたリリシズムに貫かれた名演。ちなみにこのコンピの2曲目、クラブ・ジャズDJにも定番だろうハンク・モブレー“NO ROOM FOR SQUARES”も、その際に使用許諾をいただきながら、どうしてもモーダル・ワルツ〜スピリチュアル系を優先させてしまう僕の「手癖」によって惜しくも選にもれた吹奏だ。
モーダル&スピリチュアルの極み、デューク・ピアソンの“THE PHANTOM”はもちろんジャイルス・ピーターソンのオールタイム・フェイヴァリットだろうが、僕は『FREE SOUL. the classic of BLUE NOTE』のハイライトに収めて、そのライナーにこう記している──「完璧な一曲。ヴァイブ、フルート、ピアノのヒップで少しサイケなアンサンブル。麻薬的なベース・ラインを軸にしたストイックなグルーヴ」。そしてここからジャイルスは、(僕なら別のアイディアを使っただろうが)BN-LAのドナルド・バード×マイゼル兄弟の2曲によって、クライマックスへの展開をファンキーに高めていく。その着地点はロバート・グラスパーの昨年のアルバムから“ALL MATTER”。スラム・ヴィレッジ“FALL IN LOVE”のメランコリックな旋律を熱烈に愛する僕は、“J DILLALUDE”を思い入れをこめて『JAZZ SUPREME 〜 MAIDEN BLUE VOYAGE』に選んだが、最新作では確かに、2001年のネオ・ソウル名盤『1ST BORN SECOND』(モス・デフ&コモンが加わったジェイ・ディー制作の“REMINISCE”が忘れられませんね)からの盟友ビラルが歌うこの曲が出色だった。
全体的にややコンパイラー寄りの視点からの紹介になってしまい恐縮だが、ジャイルス・ピーターソンのコンピに対して僕は、やはりこのように接してしまいがちなことも告白しなければならないだろう。そして今回も実にジャイルスらしい好作品だと僕は感じた。彼がちょっとした音の細工(エディットやイコライジング・エフェクト)を施していることも特筆すべきポイントだ。DJ的な編集センス、などと書くと野暮だが、オリジナル音源をすべて持っているという僕のような人間でも(だからこそ)、興味深く楽しむことができると約束いたします。
追記:2/6の[staff blog]の最後に触れた、“REVOLUTIONARY JAZZ & THE CIVIL RIGHTS MOVEMENT”をコンセプトとする英ソウル・ジャズ・レコーズ発の編集盤『FREEDOM RHYTHM & SOUND』も案の定、質・量ともに聴き応え十分の傑作選でした。世界中を見渡しても、21世紀以降これほど『FREEDOM SUITE』と共振性を感じさせるコンピはないかもしれません。ジャイルス・ピーターソン、そして実際の選曲において主導権を握っていただろうステュアート・ベイカーの強い意志と審美眼に一票を投じたいと思います。僕は特に、スティーヴ・コルソン&ザ・ユニティー・トゥループとホレス・タプスコット&ザ・パン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラ、ロイド・マクニールやヘイスティングス・ストリート・ジャズ・エクスペリエンスの収録が嬉しかったですね。『EVERYDAY BLUE NOTE』と併せて推薦させていただきます。

2010年2月下旬

J DILLA / DONUTS
CARLOS NINO / CARLOS NINO'S OCEAN SWIM MIX
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


音楽ライターのレフト・フィールドとして最も信頼できる存在のひとりだろう原雅明氏の著作「音楽から解き放たれるために」を読んだ余韻が(特に書き下ろし論考“word and sound”)、このところ僕の中に静かに波紋を広げている。多くのメディアや論客のように音楽をサブカルチャー的に弄ばない、と自分も強く肝に銘じ、時に主張してきた。作り手と聴き手の間で言葉がその橋渡しをすることなく、また音楽的な思考に結びつくこともなく、思想ゲームのように音楽を盾に言葉が操られる「批評」という名の光景を、僕も違和感を持って見つめてきた。
この本を読んで以来、何枚かのアルバムを聴き返しているのだが、その筆頭はJ・ディラの『DONUTS』だ。もちろん気まぐれなDJミックス風のインスト集などとは片づけていなかったが(冒頭のシュギー・オーティスのサンプルから耳を引き寄せられる)、やはりどこか手つかず感が残っていたのも正直なところ。それが今は、この揺らぎと歪み、酩酊感に繰り返し酔いしれてしまう。この作品についてはもともと語られるべき言葉が語られていないという思いがあったが、この本を読んだことで新たに感じられたものはとても大きかった。J・ディラは死の直前、明らかに音楽の未来を照らし出していたのだ。
そして読書中のBGMとしてたびたび流していたのが、ビルド・アン・アークのカルロス・ニーニョの新着ミックスCD『OCEAN SWIM MIX』だ。内容は言ってみれば最新版『THE SOUND OF L.A.』、あるいは『カルロス・ニーニョと素晴らしきLAの仲間たち』という感じで、彼の地の独特の空気感が伝わってきて、「音楽から解き放たれるために」のサウンドトラックとして悪いはずがない。しかも嬉しい貴重な未発表音源が13トラック。ジャズ/フォーク/ロック/エレクトロニック・ミュージックが自在にジャンル横断されていた前作『SPACEWAYS COLLAGE』と同じように、ビートのBPMを合わせた平凡なDJミックスの対極にある自由なスタイルも彼らしく、「DJミックスとトラック制作の境目が曖昧になっていく時代」を(アルバム・スケールで)象徴するプロダクトとも言えるだろう。
だから各楽曲を追っていくのも不粋なのかもしれないが、敢えて紹介するなら、ラス・G制作によるUKニュー・ソウル・シーンの新星として注目の女性歌手ジョイ・ジョーンズ、南アフリカ出身のシンガー兼マリンバ・シロフォン奏者ネオ・ムヤンガ、ビルド・アン・アークが昨年末の素晴らしいアルバム『LOVE』でカヴァーしていたフィル・ラネリン“HOW DO WE END ALL OF THIS MADNESS?”のトライブに吹き込まれたオリジナル・ヴァージョンなどを特筆すべきだろうか。オープニングとエンディングは『SUITE FOR MA DUKES』のミゲル・アットウッド・ファーガソンのピアノとヴァイオリン。
マッドリブ(変名)やフライング・ロータスやエグザイルといった気鋭のビート・メイカー、ライフ・フォース・トリオ/アモンコンタクトやドゥワイト・トリブルからデイデラスまでお馴染みの顔ぶれも当然エントリー。ギャビー・ヘルナンデスにベン・ハーパーが見出したオーストラリアのフォーク歌手グレイス・ウッドルーフ、それに3回にわたってフィーチャーされるカルロス・ニーニョとジェシー・ピーターソンによる新ユニットは、近年とりわけ特徴的な彼のフォーキー〜サイケデリック志向を印象づけている。
僕は決して作家主義に陥るつもりはないが(ましてや、ある地域や国の音楽を無条件に讃美する原理主義的なリスニング指向などもってのほか、といつも思っています)、カルロス・ニーニョは今回もまた、ひとつ筋の通ったピースフルな作品を届けてくれたと感じている。ブライアン・イーノの「音楽がメロディーと歌詞の組み立てではなく、抽象的な音の質感のタペストリーとして作曲され得るという考え方」という言葉を引いて、こうした音作りの結果さえもメロディーと歌詞の組み立てからできた音楽をただそれとして聴く視点から評価が為されている、と看破してみせた原雅明氏が本作のライナーを担当されているのも納得の人選だ。「多様なパーツの予期せぬ結びつきと幾重もの過去の記憶の組み合わせから立ち現れる音楽」との出会いを、これからも大切にしていきたいと改めて思う。

VAN MORRISON / ASTRAL WEEKS
NICK DRAKE / BRYTER LAYTER
TIM HARDIN / TIM HARDIN 3: LIVE IN CONCERT
THE BENCH CONNECTION / AROUND THE HOUSE IN 80 DAYS
HERON / HERON
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


僕がロックのアルバムを推薦してもあまり通販のオーダーが入らないのが悲しいが、読みものとしては「もっと書いてください」という声をたくさんいただいているので、春が来る前に紹介しようと思っていた何人かのアーティストに触れよう。実はこの冬、ニーナ・シモンやホセ・フェリシアーノと並んで最もよく聴いていたのはヴァン・モリソンとニック・ドレイク、続いてティム・ハーディンあたり。そして今いちばん聴いているのが、マザー・アースのマット・デイトンがクリス・シーハンと組んだベンチ・コネクションだ。
ヴァン・モリソンについては昨年12月上旬のこのコーナーで詳しく書いたが(さっき読み返して、この文章は自分らしいと感じました)、その後さらに彼の音楽に引き込まれてしまい、いつか買おうと思っていた作品はすべて揃え(“SUMMERTIME IN ENGLAND”の入った『COMMON ONE』とかね)、中途半端だったレコード・コレクションも20枚を優に越えた。ジョージィ・フェイムの“MOONDANCE”(ヴァンとの最高のデュエットです!)やリチャード・マニュエルと歌うザ・バンド“4% PANTOMIME”を聴き直したり、何となく「ラスト・ワルツ」のレーザー・ディスク(!)に手が伸びたりもした。僕の中ではニーナ・シモンやホセ・フェリシアーノに近いとも言える、力強さの奥に青白い炎を宿した、精神の解放や安寧を求めるソウルフルでスピリチュアルな歌声。ジャズ・ミュージシャンとのたった2日のセッションで作られたという稀代の名盤『ASTRAL WEEKS』で鳴り続けるリチャード・デイヴィスのアコースティック・ベースの響きは、この2か月の間、僕の心の鼓動と魔法のように呼応していた。音楽評論家の重鎮・萩原健太氏が「レコード・コレクターズ」誌に書かれた文章の中で、僕がこれまでに最も無条件に共鳴できた一節も、恐縮ながら無断で引用させていただこう──「ゴスペルやブルースの影響をたたえたモリスンのヴォーカルが徐々に熱を帯びていくにつれ、それとは裏腹に聞く者の胸が穏やかにリラックスしていくような、そんな不思議な手触りに満ちた1曲だ。たとえが適切でないかもしれないけれど、アルバート・アイラーやエリック・ドルフィたちの凶暴なブロウの陰に、ひたすら穏やかさを追い求める“力”が作用していたような。個人的には、それと同じ感動を覚えたものだ」。ニーナ・シモンの歌にも僕は同じことを感じてしまう、とも付け加えておこう。
さて、そんなわけでヴァン・モリソンは、オリジナル・アルバムの数があまりに多すぎるという理由もあって、僕が今いちばんフリー・ソウル・シリーズでベスト盤を編みたいアーティストなのだが、ニック・ドレイクもまた、いつか生きているうちに僕なりのセレクションをこの世に出せたら、と夢想してしまう孤高の存在だ(すでに私家版は僕の枕元にあったりします)。広がり続ける「伝説」とは無縁に、いつ聴いてもリアルに身近に感じられる彼が遺した3枚のオリジナル盤はすべて素晴らしく、もちろんファースト『FIVE LEAVES LEFT』とサード『PINK MOON』も必聴だが(僕がコンピレイション『BED ROOM MUSIC』に選んだ“MAN IN A SHED”だけでも絶対に聴いてください!)、今回は特にこだわって1970年作のセカンド『BRYTER LAYTER』を全身全霊を賭けてリコメンド。というのも、ジョン・ケイルらも参加したこのアレンジを華美ではないかとする、かつての日本のブラック・ホーク派の見解に強く異を唱えたいから。むしろ僕はこの音にある種の崇高なスピリチュアリティーを感じ、胸を締めつけられる。それはエルヴィス・コステロが「ニック・ドレイクの美しいストリングスの使い方に惹かれた」と語った気持ちに近いかもしれない。繊細な歌詞の尊さについては言うまでもないが、抗うつ剤の過剰摂取で亡くなったと言われる彼の音楽が自分を深い沼から救ってくれることに、毎夜のように胸の痛みと感謝の思いを募らせずにいられない。僕が日々生きていくために本当にかけがえのない一枚で、つい最近もDJパーティー「Soul Souvenirs」のフライヤーにこんなふうに書いたばかりだ──「孤独の影と喪失を滲ませる、物憂く美しい音楽。これもまた、無垢な魂のありかを求め彷徨う、僕にとってのソウル・ミュージック」。ニック・ドレイクをまず何かという方には、ぜひこのアルバムから聴いてほしいと切に思う。
心の震えや傷みを美しくフォーキーなスタイルで描き、ティム・バックリーの『HAPPY SAD』などと共にニック・ドレイク・ファンに人気が高いだろうティム・ハーディンの作品からは、彼の真骨頂と言える生気あふれるフォークとジャズとブルースの融合が聴ける1968年NYタウン・ホール録音のライヴ盤をセレクト。この名うての精鋭ジャズ・ミュージシャンとの自由度の高いスリリングでニュアンス豊かな共演作を、本人も自分のアルバムでいちばん気に入っていたらしく、カレン・ダルトンやフレッド・ニールとの交流からグリニッチ・ヴィレッジのコーヒーハウス・シーンでの活躍を経た後の彼の黄金期の姿、言ってみればボブ・ディランと70年代のシンガー・ソングライターを結ぶ瞬間が生々しくとらえられている。
レパートリーも彼の代表作ばかり。ロッド・ステュアートがヒットさせ、近年のロン・セクスミスまで、数多くの名演が生まれている“REASON TO BELIEVE”は、実にティム・ハーディンらしい切実なラヴ・ソング(アル・クーパー〜マイケル・ゲイトリー的なメンタリティーとも言えるだろう)。コリン・ブランストーンやケニー・ランキンの名唱も忘れられない“MISTY ROSES”は、美しく凛としたボサノヴァ調の珠玉の逸品。この2曲はヤングブラッズ(ジェシ・コリン・ヤング)がカヴァーしていたのも印象深い。“BLACK SHEEP BOY”と“DON'T MAKE PROMISES”は、ハーディンと声や節まわしがよく似ているポール・ウェラーもソロになって歌っていたフォーク・ロック・チューンで、出色のパフォーマンスの“RED BALOON”はスモール・フェイセズが取り上げていたように、英国モッド・シーンの共感を呼んだナンバーも。彼の名声を高めた“IF I WERE A CARPENTER”や、愛する妻スーザンとの実話に基づいた“THE LADY CAME FROM BALTIMORE”も当然披露。亡くなった友人でもあったレニー・ブルースに捧げられた“LENNY'S TUNE”は、ワルツタイムでクール&エモーショナルな展開を見せ、後にニコも曲名を変えてカヴァーしている。
ニール・ヤングにも通じる濃密な情感をたたえ、スティーヴン・スティルスに影響を与えたことも間違いないティム・ハーディンだが、その後は次第に悲劇的で破滅的な人生を歩んでいく。そんな中でとりわけ、愛を求める心の痛々しさや断ち切れない思いがのぞく、私生活での恋愛をモティーフとした曲は胸を打つ。1971年の『BIRD ON A WIRE』(表題曲はレナード・コーエン作)のエンディングに収められた、妻子に去られたことが深い哀しみと共に歌われる“LOVE HYMN”は彼の孤独感の極北だが、A面ラストの“SOFT SUMMER BREEZE”に少し救われる。その前作、妻子への並々ならぬ愛の陰影に満ちた『SUITE FOR SUSAN MOORE AND DAMION - WE ARE - ONE, ONE, ALL IN ONE』も、A面最終曲“LAST SWEET MOMENTS”がメロウにロマンティックに揺れるアコースティック・グルーヴの名品だ。
そしていよいよたどり着いたベンチ・コネクションは、40年近い時を経て現れたヴァン・モリソンとニック・ドレイクとティム・ハーディンをつなぐミッシング・リンク、そんな気がする。マザー・アースの『THE PEOPLE TREE』やマット・デイトンのファースト・ソロ『VILLAGER』といった90年代半ばの至高の名作から、まだ配信のみの最新ソロ作『PUT OF YOUR LIFE』(“IN ANOTHER DAY”大好きです)まで受け継がれている、僕がとことん信頼する彼のフォーキーな魅力が頂点を極めたような2007年の大名盤(といっても今年になって初めて聴いたのだが)。『VILLAGER』を思い出す「草系」の「逆光」ジャケットも嬉しい、光の粒が反射するようにナチュラルで美しい絶品のアルバムで、特にオープニングの“YOUNG AT LAST”は「最高!」のひとことに尽きる。残念ながらAmazonに残っていたCDは最近、僕の友人たちがすべて購入してしまい現在入手困難なのが心苦しいが(アプレミディ・レコーズで日本盤を出したい!)、『素晴らしきメランコリーの世界〜シンガー・ソングライター編Disc-1』で聴けるので(というか、ここまでこの文章で推薦したどのアーティストも、同プレゼントCD-Rシリーズに収録されています)、もしよかったらチェックしてみてください。
追記:今回は長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。この冬を締めくくるようなコラムを、と何となく考えていたのですが、窓の外はもう陽だまりが揺れていて、自然とブリティッシュ・フォークの香りを求めたのか、ベンチ・コネクションを聴いた後にターンテーブルにのせたのは、ヘロンの1970年のファースト・アルバムでした。そう、あの英国の田園風景をそのまま昼下がりの木もれ陽に包んで音にしたようなレコード。というより、これこそ朝から順に聴いていた『ASTRAL WEEKS』〜『BRYTER LAYTER』〜ベンチ・コネクションに続けて聴くべき一枚、と少し興奮してしまいました。美しい風景の中で野外レコーディングされた(小鳥のさえずりまで聞こえます)、瑞々しい感性と透明感が息づく人なつこいメロディーに心洗われます。もうすぐ春ですね。

2010年3月上旬

V.A. / LATE NIGHT TALES - MIXED BY THE CINEMATIC ORCHESTRA
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


2007年の『MA FLEUR』を筆頭にシネマティック・オーケストラの作品はどれも愛聴してきたが、お馴染みの人気シリーズの最新盤として登場したこのミックスCDは、僕にとってさらに特別な感銘を受けるに至った一枚だ。2007年4月下旬の『MA FLEUR』の推薦文を読み返すと、僕は「最近のクラブ・ジャズはアルバムで勝負できる独自の世界観を描けるアーティストと、中途半端にフロアを意識した安易な12インチ・クリエイターの志の差が激しいですね」と書いているが、構成力と映像美に秀でた彼らの個性は、ここに一段とエモーショナルに結実している。「空間性に富んだスピリチュアルなサウンドの美しさ、切なくも凛とした温かさが滲む生楽器(特にピアノは印象的)とエレクトロニクスの融合は健在」という言葉も、そのままこのミックスCDに相応しい。
ニック・ドレイクの“THREE HOURS”やテリー・キャリアーの“YOU'RE GONNA MISS YOUR CANDYMAN”がこの盤の通奏低音を提示する前半から、両者の音楽に幾度となく助けられてきた僕は強く胸を震わされる。そのディープな精神性を帯びたトーンをシュギー・オーティスやトム・ヨークなどで絶妙に温度差を操りながら引き継いでいき、スティーヴ・ライヒをインタールード的に使いながら、僕も死ぬほど好きなビョークの“JOGA”へ。いつ聴いても胸が熱くなる名曲中の名曲だが、ここでエモーショナルな高まりと深まりはピークに達する。そしてここからの展開がさらに美しく素晴らしい。イモージェン・ヒープ〜サン・ジェルマン〜ソングストレスとつないで(自分が打ち込みトラックでDJするときのようだ)、やはり僕も一時期ヘヴィー・プレイした大好きな曲、セバスチャン・テリエの“LA RITOURNELLE”でクライマックスを迎える。渇ききった心の奥にある大切な部分がいつの間にか優しく温かく濡れていることに、貴方も気づくだろう。
ジャンルや時代を越えて、という称賛も陳腐に聞こえてしまうほど、深く心を動かされる映画のように真に感情的なリスニング体験を約束してくれる全19曲。「夜遅く」というテーマで、自分もこれを越えるCDを作ってみたいと思った。

BOOKER T / EVERGREEN
BILL WITHERS / JUST AS I AM
BILL WITHERS / STILL BILL
V.A. / FREE SOUL COLORS〜15th ANNIVERSARY DELUXE EDITION
BILL WITHERS / FREE SOUL. the classic of BILL WITHERS
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


2月上旬にブルーノート東京で行われたブッカー・Tのライヴの楽屋で、「usen for Cafe Apres-midi」の本多ディレクターが、若きドラマー氏に不思議そうに「日本人はどうして皆“JAMAICA SONG”が大好きなんだ?」と訊かれ笑っていた。今回の公演ではブッカー・Tがギターを片手に多少たどたどしく“JAMAICA SONG”を弾き語る微笑ましい一幕もあった(きっと何十年ぶりかに歌ったのだろう)。
この曲を知った1993年初夏の記憶は瑞々しい。「Suburbia Suite」は“1993*summer of love*tokyo”と題して別冊を作った。潮騒と子供たちの歌声に包まれるアコースティックな音色と優しいメロディーは、そんな季節を穏やかに祝福するサウンドトラックのように響いた。これ以上ピースフルな夏の歌を僕は知らない。
MGズ、スタックス、メンフィス・ソウル、ファンキー・オルガン、といったそれまで虜になっていたブッカー・Tの武骨な魅力とは対照的な、ハートウォームな情感と切ない調べに感激はよりいっそう増していった。翌年フリー・ソウルのコンピレイションCDを編むことになったときには、その視点・精神の象徴として迷わずこの曲を『FREE SOUL COLORS』のエンディングに選んだ。そしてその後、キュビズモ・グラフィコやハナレグミにカヴァーされ、昨年TV-CMにも使用されるに至る。そんな物語を生んだ名曲との出会いをもたらしてくれた一枚の素朴な中古レコード(確か¥1,000もしなかったはずだ)が、いよいよ世界初CD化。それはこのアルバム(ブッカー・Tにとってファースト・ソロとなる1974年作だ)にとってもある種のフェアリーテイルだろう。『EVERGREEN』というタイトルに偽りなし、“TENNESSEE VOODOO”“SONG FOR CASEY”“COUNTRY DAYS”“LIE TO ME”と他にも素敵な曲が入っているので、この機会にぜひ聴いてみてほしい。
そのブッカー・Tのプロデュースによるサセックス・レコーズからのビル・ウィザースの1971年のファースト『JUST AS I AM』が、『EVERGREEN』と共に「Natural Soul Collection」というシリーズで紙ジャケットCD化されるのも嬉しい。「ありのままの自分でいい」というタイトル、僕はビル・ウィザース自身が制作当時を振り返って寄せたライナーを読んで、涙が出そうになってしまった(それに応えるようなブッカー・Tによるエッセイもいい)。いつも気分が晴れない毎日を送っている僕のような人間、特に今この時代にミュージシャンとして生きていこうと思っている人は絶対に読んでほしい。その誠実な人柄と胸が詰まるエピソードに心打たれ、勇気づけられるはずだ。MGズの面々やスティーヴン・スティルスが脇を固め、マーヴィン・ゲイの『WHAT'S GOING ON』やアル・グリーンの『LET'S STAY TOGETHER』が世に出た年に生まれた、温かい血の通うほろ苦く朴訥としたソウル・アルバム。優しさと凛々しさ、悲哀と慈愛に満ちた飾り気のないフォーキーなタッチは、『EVERGREEN』やテリー・キャリアーの諸作と共通する。僕は『FREE SOUL. the classic of BILL WITHERS』に“HARLEM”“AIN'T NO SUNSHINE”“GRANDMA'S HANDS”(ハミングの部分をブラックストリートがループしていた)の不朽の3曲を選んでいるが、シャーデーのバンドであるスウィートバックがカヴァーした“HOPE SHE'LL BE HAPPIER”、マリオ・ビオンディがカヴァーした“I'M HER DADDY”、悲劇のラスト・ソング“BETTER OFF DEAD”などにも惹かれる。
そして世評ではビル・ウィザースの最高傑作と言われることも多い、1972年のやはりサセックスからのセカンド『STILL BILL』(去年の秋にアメリカで公開された同名のドキュメンタリー映画もひどく観たい気持ちに駆られている)も「Natural Soul Collection」として登場。ジェイムス・ギャドソンを始めワッツ・103rd・ストリート・リズム・バンドの顔ぶれと築き上げた、タイトなグルーヴとブルージー&ファンキーなフィーリングに満ちた金字塔だ。言わずもがな僕は、昨年バラク・オバマ大統領就任記念コンサートでメアリー・J.ブライジが歌った“LEAN ON ME”を幕開きに、“USE ME”“WHO IS HE?”“LONELY TOWN, LONELY STREET”“KISSING MY LOVE”“I DON'T KNOW”“LET ME IN YOUR LIFE”(これは実況録音を収めたが)を『FREE SOUL. the classic of BILL WITHERS』に選んだ。CDブックレットにすべての曲の解説(カヴァー・ヴァージョンなどについても)と僕なりの思い入れを記しているので、ぜひともビル・ウィザースの真摯で胸を打つ音楽を聴きながら読んでいただけたらと願う。
追記:ビル・ウィザースのファースト&セカンドが紙ジャケットCD化されるにあたって、実は僕は『FREE SOUL. the classic of BILL WITHERS』について少し複雑な思いも抱いたりしている。このコンピを選曲した2006年末当時、この重要アルバム2枚の日本盤が存在しなかったこともあって、入門編ベストという側面を意識し代表作をできるだけ網羅するセレクションに落ちついたが、それゆえに惜しくも選からもれてしまった曲もあるのだ。その筆頭はサセックス最終作『+'JUSTMENTS』所収のホセ・フェリシアーノによるギターも美しい“CAN WE PRETEND”だ。ザ・ルーツのクエストラヴの選曲CDに入っていたからまあいいか、と自分を納得させていたが、昨秋トラス・ミーがリメイクするに至って後悔の念は最高潮に達した。セレクトの際に、いっそ(80年代の)“JUST THE TWO OF US”をはずしましょうか、とレコード会社に相談したほどの曲なのに(もちろん止められました)。同じ『+'JUSTMENTS』のテリー・キャリアーを彷佛とさせる“THE SAME LOVE THAT MADE ME LOUGH”を一昨年アシュレー・トーマスがカヴァーしたときは、収録にこだわってよかった、と胸を撫で下ろしていたのだけれど。ドロシー・アシュビーのハープも聴き逃せない『+'JUSTMENTS』、そしてその前作となる素晴らしいライヴ盤『LIVE AT CARNEGIE HALL』(カーティス/ダニー/アイズレーズの同時期のパフォーマンスに匹敵します)も、「Natural Soul Collection」として今後復刻されることを強く希望します。

2010年3月下旬

橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


こんな夢を見た。
そんなふうに、ひとつひとつ、各曲の始まる前につぶやいて音楽に耳を寄せたくなってしまう、僕にとって夏目漱石の「夢十夜」のようなコンピレイション、と言えるだろうか。
いや、雨空に灰色の哀しみが滲みるように拡がっていた昨日は(不思議なくらい電話の少ない静かな日だった)、一日中このCDを聴きながら寺田寅彦の「懐手して宇宙見物」を読み耽っていたから、自分が作った最も「みすず書房的な」一枚と言えるかもしれない。僕はいつの間にか自分でも想像しなかったほど寺田寅彦や矢内原伊作の著作に惹かれるようになったが、同じようにある種のアルゼンチン音楽にも強く惹かれるようになった。
「心のピアノ」を持つ人たちにはきっと伝わると信じるコンピレイションCDがついにできあがった今、これを読んでくださっている皆さんにももう一度、僕が昨年10月19日に[staff blog]を綴った時点に戻っていただけたらと思う。その直後にアンドレス・ベエウサエルトの『DOS RIOS』がリリースされた。カルロス・アギーレやセバスチャン・マッチを始めとするメランコリックなフォルクロリック・ジャズが特別な輝きを増していった。
半年が経って、ようやく完成した一枚のCDから香り立つ美しい情趣に、遠い記憶の中の夢を感じることができる。優しい無常感と淡い郷愁も、まどろむような倦怠と幻想感も。心に共鳴する響き、倍音の心地よさ、印象派のピアノや室内楽にも通じるクラシカルな詩情……。それは夢幻にたゆたう音の桃源郷のようだ。
そして寺田寅彦の名随筆に倣うなら、それは「線香花火」が紡ぐ余情にも似ている。子供の頃の夢がよみがえり、親しかった人の記憶が呼び返される。序破急があり起承転結がある火花のソナタのように、詩があり音楽がある。「あとに残されるものは淡くはかない夏の宵闇」のようである。また「珈琲哲学序説」に倣うなら、コーヒーと酒を交互に味わい、哲学と宗教(芸術と言いかえてもいいかもしれない)に浸るように、覚醒と酩酊、瞑想と陶酔のときが訪れる。
収録アーティストの解説は、HMVのウェブサイトに掲載された“橋本徹の『音楽のある風景〜アルゼンチン』対談”で詳しく語っているので、ぜひそちらを読んでいただきたい。アプレミディのホームページでも断続的に(2009年10月下旬/11月下旬/2010年1月下旬の[web shop]、そして2009年12月7日の[staff blog]でも)ここに収めた音楽を推薦してきた。言ってみれば今回は、そうした探究や紹介の集大成であり、僕なりのベスト・コレクションなのだが、以下に簡単なメモを記しておく。
・カルロス・アギーレの作品はオリジナル・フォーマットに基づき日本盤としてアルバム復刻することになったので、彼が主宰するシャグラダ・メードラ・レーベルで僕が最も繰り返し愛聴しているセバスチャン・マッチ/クラウヂオ・ボルサーニ/フェルナンド・シルヴァの『LUZ DE AGUA』(水の輝き)をコンピレイションの最も大きな水脈と考えた。どこまでも心を穏やかに落ちつかせてくれる繊細な揺らぎ。生涯大切にしたい思い出の写真。小さな宝石のような音楽。
・もうひとつの柱として、アルゼンチン音響派の重要人物として評価されることの多い才人、アレハンドロ・フラノフやモノ・フォンタナの静謐でメディテイティヴな側面に光を当てた。夢の中で響くようなピアノや、民族楽器や効果音のアクセントが、音像の浮遊感や幻影性、知的な印象とイマジナティヴな映像美に大きな役割を果たしている。
・先頃の初来日公演にも感激したアグスティン・ペレイラ・ルセーナの数ある名作群の中から、最新アルバムの“PLANICIE (EL LLANO)”を選んでいることも、セレクションの象徴的なポイントだ。寂しげで切なげな旋律が風に吹かれるように流れていき、憂愁の悠久の時を刻むようだ。
・そうしたテイストとやはり親和性が高いのがアンドレス・ベエウサエルトだ。リリカルで内省的で美しい幽玄の調べ。彼がピアニストとして貢献するアカ・セカ・トリオのネオ・アコースティックを彷佛とさせる瑞々しさも、サバービア〜アプレミディのリスナーの胸を疼かせるだろう。実際にカフェで大人気、という声も最近よく耳にする。
・アカ・セカ・トリオによるウーゴ・ファットルーソ“MONTE MAIZ”のカヴァーから、カルロス・アギーレがピアノを弾くベレン・イレーの“AGUA DEL RIO”に流れるところは、柔らかな陽射しに包まれ、日常が祝福と希望に満ち輝いているように感じられるはず。セシ・イリアスの口笛や笑い声や吐息、光がこぼれる感じや水の揺らめくような感じにも、同じような思いをこめた。
・ベレン・イレーやセシ・イリアスのこれらの曲を聴いていると、僕はセシリア・サバラの2007年のファースト『AGUARIBAY』を思い出す。アカ・セカ・トリオのフアン・キンテーロが書いた“A PIQUE”や、キケ・シネシとシルヴィア・イリオンドが参加したタイトル曲が素晴らしい。
・キケ・シネシのギターは、カルロス・アギーレのファーストのオープニング曲“LOS TRE DESEOS DE SIEMPRE”での繊細なプレイに明らかなように、本当に味わい深い。ここに収録したノラ・サルモリアの歌も聴ける“AMORES DE LA VENDIMIA”は、そのギターとピアノの揺れるような感じが筆舌に尽くしがたい絶品だ。
・キケ・シネシと共に、シルヴィア・イリオンドの曲のセレクトも、(いわゆるワールド・ミュージック愛好家とは違い)とても自分らしいと思っている。ムビラ(親指ピアノ)の柔らかな音色にリードされる、クチ・レギサモンのフォルクローレ・スタンダード“900年のセレナーデ”。アルゼンチンでは結婚式や好きな人に気持ちを伝える場面で歌われる曲だという。
・その前の曲、まるで天気雨のようなムビラによるメランコリックでメディテイティヴなワルツ“CARAGUATA”の収録にこだわったサンチァゴ・ヴァスケスも、このコンピレイションのキー・パーソンだ。彼が率いるプエンテ・セレステの“GINCANA”は70年代のジョビンを連想する風と大地が奏でるシンフォニーで、“OTRA VEZ EL MAR”は優しくモダンな風と光のささやき。プエンテ・セレステのヴォーカリスト、エドガルド・カルドーゾとフアン・キンテーロによるアコースティックなデュオ“LA LUMINOSA”には、月並みだがヒューマンでハートウォームという讃辞が似つかわしいだろう。
僕がこのコンピレイションを聴き終えていつも思うのは、ニック・ドレイクを聴くときと同じような心持ちで聴けるなあ、ということ。ファラオ・サンダースの“PRINCE OF PEACE”やユセフ・ラティーフの“LOVE THEME FROM SPARTACUS”の横にあったもの、と言ってみてもいいかもしれない。「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」という芭蕉の有名な句が思い浮かんだりもする。いろいろな不幸のために心がつらく暗くなったときは、これからもこのCDを聴くだろう、と僕は思う。そのときに考えるのは、寺田寅彦の随想にあった「人間の心の中の真なるものと偽なるものを見分け、真なるものを愛し偽なるものを憎む」ことだろう。僕はこのコンピレイションを誰よりも新しいアルバムを制作中だったNujabesに聴かせたい、と吉本宏と話していたが、あと少しのところで叶わなかった。慈しむような音の美しさが神経を和らげるように染みてきて、まぶたを閉じると、何か温かく柔らかなものが月影のようなスクリーンに滲んだ像を結ぶ。
追記:今週届いたばかりのビルド・アン・アークの『LOVE PART.2』を聴いて、まるでこのコンピやカルロス・アギーレのような作品だと感じました。エンディングの“TRYIN' TIMES”などは本当に、『美しき音楽のある風景〜素晴らしきメランコリーのアルゼンチン〜』に入っていても全く不自然でない、心洗う美しすぎるトラックです。
また、静寂に美しく溶け込む音楽、という観点から、このCDは美術館やギャラリーでも流してもらえたら嬉しいな、と願っています。静かな思索のひとときにはもちろん、読書のBGMとしても最適ですから、ご購入特典として、ジャケットの印象的なパタゴニアの木をあしらった「本の栞」もご用意させていただきました。

巨勢典子 / この道の向こうに
MAVIS / MAVIS
V.A. / HEAVENLY SWEETNESS LABEL COMPILATION #1
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


先日、5/24〜7/11の期間、毎週土曜深夜に「usen for Cafe Apres-midi」で放送される特集プログラムの収録があった。テーマは「音楽のある“深い夜”の風景」。最近ひどく気に入っていて、前回のこのページで紹介したシネマティック・オーケストラによるミックスCD『LATE NIGHT TALES』に触発された企画だ。ロバート・ワイアットやニック・ドレイクから、クラブ・エイジ以降そしてリリースされたばかりの曲まで、僕なりの気持ちをこめたセレクションで、“深い夜”の心象風景を描いた。ここではそんな中から何枚か、推薦CDをピックアップしよう。
いま何か選曲するなら、これから始めるしかないと思っていたのが、巨勢典子の“I Miss You”。曲名も暗示的だった、と涙せずにいられない、Nujabesが「発見」したあまりにも美しい曲。Nujabesはまもなく“REFLECTION ETERNAL”と“ANOTHER REFLECTION”をカップリングしたアナログ盤が発売されるが(一生大事にしたい)、“I Miss You”のあのピアノの旋律と感極まる弦の調べを聴いていても胸が詰まる。幻想的なジャケット写真も美しく、『この道の向こうに』をアルバム通して初めて聴いたときの静かに胸に迫る感じも忘れられない。僕はバック・カヴァーの曲名の並びを見ているだけでも心惹かれる。(本来なら縦に並べたいところだが)“I Miss You”“向日葵の影”“Message”“この道の向こうに”“丘と少年”“満ちてくるもの”“風の行方”“Your Song”“午後のひかり”“星空を見上げて”──何か感じずにはいられない。
近々のお気に入りからは、90年代から様々な名義で傑作を残すUKクラブ・シーン出色のサウンド・クリエイター、アシュレー・ビードル(僕は「bounce」の編集長をしていた頃、彼にインタヴューを試みたことがある)が、エンジニアでもあるダーレン・モリスと組んでレディー・ソウルの偉人メイヴィス・ステイプルズに捧げた『MAVIS』を。これが本当に珠玉のような愛情あふれるトリビュート盤で、宇宙に思いを馳せながら都市の叙情が息づく、ある意味でとてもロマンティックなアルバム。全編がミッドテンポで貫かれているのも素敵で、キャンディー・ステイトンからエドウィン・コリンズ(ex.オレンジ・ジュース)やサラ・クラックネル(ex.セイント・エティエンヌ)まで、フィーチャリングされたどのヴォーカリストも声が良い、というのもアシュレー・ビードルの耳の素晴らしさと確かな敬愛を証明している。その中から僕が“深い夜”のために迷わず選んだのは、2001年作『IS A WOMAN』をこの冬も愛聴したラムチョップのカート・ワグナーが歌う、星屑が夜空に舞い散るようなメロウな“GANGS OF ROME”。この曲を何と何で挟んだかは教えたくて仕方ないが、それはお聴きになってのお楽しみに。選曲パーティー「bar buenos aires」で同じ曲順を披露したら、素晴らしくメランコリックな山本勇樹・河野洋志の両氏は感嘆の声を上げてくれた。
そしてもう一枚、ニュー・アライヴァルからセレクトするのは、スピリチュアル・ジャズ好きが絶大な信頼を寄せるパリのレーベル、ヘヴンリー・スウィートネスがその名を冠した2枚組のオムニバス。僕もジャズ・シュプリーム・コンピのライセンス音源などで世話になっているレーベルだが、ここからはもちろん、サンダーバード・サーヴィスによるファラオ・サンダース“THE CREATOR HAS A MASTERPLAN”の最高のカヴァーを(『JAZZ SUPREME〜MODAL BLUE SKETCHES』にはピースフルなレオン・トーマス版を収めましたね)。ちなみにこの曲は、夢の中で鳴っているようなリル・ルイスの“DANCING IN MY SLEEP”を受けて、サンチァゴ・ヴァスケスのムビラに恍惚となる『美しき音楽のある風景〜素晴らしきメランコリーのアルゼンチン〜』とは別ヴァージョンの“CARAGUATA”へバトンタッチ。そしてやはりムビラの真摯な音色が瞑想を誘うダグ・ハモンドの“WE PEOPLE”もヘヴンリー・スウィートネス原盤。さらにダグ・ハモンド“DOPE OF POWER”のフォー・テット・リミックス、ジョン・ベッチ・ソサイエティー“EARTH BLOSSOM”のカルロス・ニーニョ・リミックス、チキンウィング・オール・スターズによるゲイリー・バーツ“CELESTIAL BLUES”のリメイク、話題の新鋭ブランデット、あるいはドン・チェリー&ラティフ・カーン/アブダル・ラヒーム・イブラヒム(ダグ・カーン)/アンソニー・ジョセフ/ロンゲッツ・ファウンデイション/アン・ヴァーツといった新旧の馴染みの面々も顔を揃えているお得なショウケース盤だ。
「音楽のある“深い夜”の風景」には他にもたくさんのトピックがあって、中でもトレイシー・ソーンの来たるべきニュー・アルバムからの新曲“OH, THE DIVORCES!”の素晴らしさは特筆せずにはいられないところ(メランコリックなワルツで琴線を震わされます)。カルロス・アギーレが影響を受けたアーティストとしてキース・ジャレットやエグベルト・ジスモンチと共に名を挙げたと聞いて、僕の音楽仲間がみな深くうなずいたパット・メセニー&ライル・メイズ(&ナナ・ヴァスコンセロス)も当然エントリー。“SEPTEMBER FIFTEENTH (DEDICATED TO BILL EVANS)”はビル・エヴァンスの命日にちなみ、その死を悼んだ名演で、カルロス・アギーレ&キケ・シネシの生き写しのよう。僕はメンタル・レメディー(ジョー・クラウゼル)の11年前の名曲“JUST LET GO”(“THE SUN・THE MOON・OUR SOULS”のプロトタイプ!)から、宇宙の塵のように儚げにつないでみた。

2010年4月上旬

BUILD AN ARK / LOVE PART.2
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


当初2枚組としてリリースされる予定だった昨年発表の大傑作アルバム『LOVE』の第2楽章がいよいよ登場。カルロス・ニーニョ(とミゲル・アットウッド・ファーガソン)らしい真摯なメッセージがこめられた、孤独の世代のための救済の音楽。
今年初めに届いた『SOLAMENTE』がやはり素晴らしかったカーメン・ランディーが歌う冒頭の“COSMIC TUNING”から、その名作の延長線上で聴けるメロウ&スピリチュアルな「現代のブルース」という趣き。印象的な“Tryin' Times”という歌い出しに、一瞬にしてダニー・ハサウェイからビリー・ホリデイまでが脳裏に浮かぶ。
『美しき音楽のある風景〜素晴らしきメランコリーのアルゼンチン〜』の最後に置いたアレハンドロ・フラノフの“MICERINO ALAP - MICERINO TEMA”を連想せずにいられないオリエンタルでメディテイティヴな“SAY YES!”は、ミア・ドイ・トッドの“THE YES SONG”をビートルズ『MAGICAL MYSTERY TOUR』へのオードとして(カルロス・ニーニョ談)改作したもの。僕が今いちばん聴いていたいのはこういう曲だ。瞑想と沈思のための音楽。
続く“IMPROVISATION DAY 1”もシタールの音色が心を落ちつかせてくれ、音響スケッチに美しいストリングスが重なり陶然となるが、ドゥワイト・トリブルが泣き崩れるように愛を訴えかけるバート・バカラック作“WHAT THE WORLD NEEDS NOW IS LOVE”のカヴァーには胸の芯から熱くなる。あの名曲“THE BLESSING SONG”のマイケル・ホワイトのヴァイオリンを始め、ハープやシタール、チェロやヴィオラ、パーカッションやポエトリーが織りなす、曲の断片が浮かんでは消えゆくアルバムの進行も優れて現代的だ。
そして、ゆっくりと7分をかけて蓮が咲き乱れる風景が広がるように天上の調べに達する“IMPROVISATION DAY 2”を継いでのラスト・ソング“TRYIN' TIMES”の美しさと言ったら。その宝石のようなピアノは奇跡としか言いようがなく、いつまでも繰り返しリピートしていたくなる。鈴の音が聴こえるたび、まさに桃源郷で鳴っているような音楽、だと思う。

THE MiCETEETH. / LIVE - 20100110
BILLY KAUI / BILLY KAUI
COUNTRY COMFORT / WE ARE THE CHILDREN
PAUL HORN / VISIONS
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


春から夏にかけて聴きたくなるCDを何枚かまとめて紹介しようと思ったのは、ちょっと嬉しくなるエピソードがあったから。韓国ツアーで昼間の野外でのパーティーでDJプレイしたときに、まさに「サンシャイン・デイ」という感じの気持ちよく晴れわたった午後だったので、グラジーナ・アウグスチクの“SO REMINDING ME”をかけたら、場の雰囲気がいっそう輝きを増すと共に、同行の仲間たちに次々に「この曲は何?」と声をかけられたのだ。帰国して1週間後には、ソウルに一緒に行った次松大助から真夜中に連絡があって、「今また“SO REMINDING ME”を聴いてて、音楽ってなんて美しいんだろうって感動してます。(中略)音楽だけが共通言語な場所で、僕はあのときの橋本さんのプレイで、あ、言語じゃなくて感覚を共有できるんだなぁ、って感動して、幸せでした。んん、全然言葉足らずな表現ですが……あぁあぁ……おやすみなさい!」と嬉しい言葉をもらった。深夜2時にこんな爽やかな曲を聴きながら焼酎を飲んで酔っ払っているこの男を僕は最高だと思うが、彼の音楽に対して僕自身も同じ感想を抱いている。
というわけで春の陽気に包まれた昨日、この曲を収めた『音楽のある風景〜春から夏へ〜』を今年初めて聴いてみた(THE MiCETEETH.に続けて)。韓国の「空中キャンプ」主宰・ゴくんからも、「あの橋本さんがかけたキース・ジャレットのカヴァー曲、“Sunshiny Days”っていうような曲は誰でしたっけ? 音源は手に入りますか?」と問い合わせがあった。「グラジーナ・アウグスチクです。『音楽のある風景〜春から夏へ〜』で聴けるよ」と答える気分で改めて聴くと、やっぱりいい曲。1年前の僕の曲目解説を見ると、「切ない前奏に続いて、光がきらめくような至福のメロディーが奇跡のように広がり、弾むピアノが軽やかな幸せを運んでくれるキース・ジャレットのサニー&フォーキーな女性ジャズ・ヴォーカル・カヴァー。大空を舞うように心が解き放たれ、音楽の清々しさを満喫できる、まさにファンタスティック・ミュージック!」とあり、今も同感だ。というかこのコンピ、他の曲も含めて、いい曲を入れすぎ、とコンパイラーとしては妙な反省も。アプレミディ・レコーズ第1弾だったので気負いもあったのだろうが、今年もまたこの光あふれる季節に存分に味わっていただければ本望だ。
続いては久々の再入荷、「マッキー・フェアリー×ボズ・スキャッグス」とも評されるハワイのシンガー・ソングライター、ビリー・カウイが1977年に残した唯一のソロ・アルバム。フリー・ソウル・ファンに不動の人気を誇る、ババドゥもカウイに捧げてカヴァーした“WORDS TO A SONG”、そして同タイプのグルーヴ・チューン“EMPTY”に注目が集まるが、“CLOSE TO YOU”も僕のかなりのお気に入り。こんな曲を聴きながら恋人とふたり夕暮れの浜辺ですごしたい、と思わせる。さらに、イントロからオーシャン・カラー・シーンの“UP ON THE DOWN SIDE”を思い起こす小気味よいラテン・ジャズ調の“ASKING FOR A NIGHT”、ウエスト・コースト・ジャズ風味で軽やかにスウィングする“SUNNY”と自作曲が充実。繊細にしっとりと紡がれるホセ・フェリシアーノ“IT DOESN'T MATTER ANYHOW”のカヴァーも、ハワイの甘く優しい風にそよがれるようだ。
もう一枚ハワイから、ビリー・カウイも創設メンバーだったカントリー・コンフォートのファースト・アルバムも推薦。ハワイでコーヒーハウスをやっていたMFQのサイラス・ファーヤーによるプロデュース。オープニングの名品“SUN LITE, MOON LITE”から、柔らかなアコースティック・ギターとコーラス、ゆったりとしたリズムにのせて、ハワイ特有のゆるやかで伸びやかな空気が広がる。メンバーの多くがドラッグで亡くなってしまうという切ない運命をたどったカントリー・コンフォートだが、ブレッドのヒット曲の好カヴァー“MAKE IT WITH YOU”を聴いていると、この曲は心優しい彼らのためにあったのでは、とさえ思えてくる。
最後は春から夏にかけての夜に聴くと心地よいアルバムを。西海岸のマルチ・リード・プレイヤー、ポール・ホーンが1973年に発表した隠れた傑作。『JAZZ SUPREME ~ MODAL BLUE SKETCHES』に収録した3/4〜5/4のクールな展開と抽象性に富んだ美しさに魅せられる“ABSTRACTION”や、エリザベス・テイラーが主演した映画「クレオパトラ」をモティーフにしたオリエンタルな“CLEOPATRA PALACE MUSIC”といった、盟友であるヴァイブ奏者エミル・リチャーズと60年代前半に吹き込んだモーダルな名演群が忘れられない彼だが、ここではジョー・サンプルやラリー・カールトンらの敏腕ミュージシャンと共に、スティーヴィー・ワンダー/ジョニ・ミッチェル/デヴィッド・クロスビーなどをカヴァー。幕開きのスティーヴィーの“TOO HIGH”からジョニ本人が歌う“BLUE”までどれも聴き逃せないが、中でも白眉は、バトーの名曲を清涼メロウ・グルーヴに仕立てた“HIGH TIDE”。僕はかつて「Suburbia Suite; Suburban Classics For Mid-90s Modern D.J.」に、「繊細かつ情熱的に、美しく高揚していくポールのフルートは、まるでメロディーを歌っているかのようだ」と綴っている(確かその後MF・ドゥームがこの曲をサンプリングしているのを聴いて感心した憶えがあるが、レコードが見つからず未確認です)。

2010年4月下旬

FREDDY COLE / THE COLE NOBODY KNOWS
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


ヴィニシウス・カントゥアリアの新作があまりに素晴らしすぎる! 例えば“SLOW MOTION BOSSA NOVA”(セルソ・フォンセカ)以来の最高の21世紀ボサ、というような讃辞では言葉が足りないほど。重力を感じさせない、風のような、水の流れのような音楽。オープニングからトニーニョ・オルタの名曲“AQUELAS COISAS TODAS”を彷佛とさせ、“ヴァガメンチ”“無意味な風景”のカヴァーは特に絶品、メランコリックなピアノにも惹かれる“CONVERSA FIADA”“BERLIN”を初めて聴いたときは心の震えを抑えることができなかった。アグスティン・ペレイラ・ルセーナからビル・フリゼールまでを連想させる、アルバム通して本当に素晴らしい一枚だが、その盤の紹介は信頼するアプレミディ・セレソン武田に任せて、僕はやはりこちらを推薦するのが筋というものだろう。そう、真に待ちに待った復刻、と言って間違いないはず、ナット・キング・コール兄弟の末っ子のシンガー/ピアニスト、フレディー・コールのその名も『誰も知らないコール』だ。
オスカー・ブラウン・ジュニア“BROTHER WHERE ARE YOU”の涙の名カヴァーを、ここ何年かの間、世界中で僕ほどよくDJプレイした者はいないだろう。あるときはかつて「Free Soul Underground」に集った仲間たちに向けて、あるときは天に逝ったNujabesに捧げて。10年ちょっと前、この曲とフレッド・ジョンソン“A CHILD RUNS FREE”をカップリングした7インチが英ジャズマンから出たときは、これ以上の組み合わせは考えられないと思った。何度かけても熱いものがこみ上げ、胸を突くサビのフレーズを口ずさんでしまう。まさに昨日、Pヴァインの塚本ディレクターから、『BROTHER WHERE ARE YOU』というタイトルでコンピレイションを作りませんか、という提案があったのも嬉しかった。
1976年にジョージア州のマイナー・レーベル、ファースト・ショットから発表されたこのアルバムは、その稀少性ゆえに長らくレア・グルーヴ・マニア垂涎だったことは言うまでもないが、オリジナル盤がどれほどレアであるかなどは、この作品の素晴らしさの前では些細なことだと僕は思う。隠匿的なコレクターやDJよりはむしろ、素直なリスナーに届くべき、心に温かい光を灯してくれる一枚なのだ。ラファエル・チコレルやペニー・グッドウィンなどが好きな方なら必ず気に入るはずの、“CORRECT ME IF I'M WRONG”〜“MOVING ON - A PLACE IN THE SUN”〜“WILD IS LOVE”という冒頭の名作の連なりから、すべての曲、すべての歌が素晴らしい。滋味深くソウルフルで、粋でスウィンギー。「誰もが知るべきコール」がそこにいる。僕は“BROTHER WHERE ARE YOU”のマリーナ・ショウやアビー・リンカーンのヴァージョンは所有しているが、フレディー・コールのもうひとつの録音(尾川雄介氏によれば、より内省的で味わい深いという)は持っていないので、その曲を収めた同じレーベルからの『JUST PAIN FREDDY』も続いてリイシューされることを期待したい。できることなら僕がかつて“CABARET”や“TRISTEZA”のカヴァーをスピンしていたビッグバンド・スタイルのスタンダード集『SING』も。

ALEX CHILTON / CLICHES + LOOSE SHOES AND TIGHT PUSSY
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


酒を飲みすぎて酔って遅く家に帰り、倒れるようにベッドに入って何となく手にしたフリー・ペーパーの一節に、どうしようもなく胸を締めつけられてしまった。音楽について書かれた文章を読んで涙が出そうになったのは何年ぶりだろう。吉本宏が「サバービア・チルドレンからの理想的な回答」と評した山本勇樹・発行「素晴らしきメランコリーの世界」に掲載されたパンチョ河野氏によるコラム。音楽について書く、という近頃は特に浮かばれない行為を、そのバカ正直(真摯と同義です)な熱量によって尊いものと感じさせる。「Suburbia Suite」よりよほど心に響く、“there will never be another you〜さよならアレックス・チルトン”と題されたその追悼エッセイを、ここに全文転載させていただく。
2010年3月17日。80年代から暮らすメンフィスで静かにアレックス・チルトンは息を引き取った。享年59。
10代の頃だった。出会い頭、その声に“はっ”とした。例えばジョン・レノンやチェット・ベイカーがそうであるように、どんなに絶望的な状況にあっても、かすかな希望を感じさせてくれる真っすぐで偽りのないその声に。
ボックス・トップスでデビューし、ビートルズを夢見たビッグ・スター。NYでのジャンキー期を経て再びメンフィスへ。エリオット・マーフィーの名を語って、寝ぐらを転々とし、再結成ビッグ・スターでは「ギター・ポップなんて興味ないね」とうそぶく。その後のソロでは嬉々として大好きな往年のジャズ〜ゴスペル〜R&Bをカヴァー。楽しいふりなどできない不器用さが災いして、どんなに不遇をかこっても、決してプライドを捨てることはなかった孤高の男。そんな彼の、真摯で慎ましい生き様、ソウルやブルースから滲み出るメランコリーな響きが大好きだった。
ここに紹介するのは、彼の訃報に接し、やり場のない僕の一日を照らした名盤たち。ビッグ・スターを夢見ながらも夢破れた、ダウナーでサイケデリックな調べ『Third/Sister Lover』。ストーンズ〜ビートルズの影響も色濃い、初々しい初期作品集『1970』。ビッグ・スター再結成後に届いた、切なきギターの調べに男の哀愁が絡みつく、裏『Hurt Me』な弾き語り『Cliches』。沈黙を経ての仕切り直し盤、トリオ編成でのジャジー&ソウルフルな『Loose Shoes And Tight Pussy』。魂の兄弟ジョニー・サンダースがひとり、孤独を紡いだ『Hurt Me』。チルトンもこよなく愛した“永遠の愚か者”チェット・ベイカーが残した、最晩年のブルーな名作『Let's Get Lost』。彼もカヴァーした名曲「Nobody's Fool」の作者であり、60年代南部ソウルの父ことダン・ペンのホームメイド・パイのような『Nobody's Fool』。そして“アルゼンチンのアレックス・チルトン”ことルイス・アルベルト・スピネッタの82年作『Kamikaze』に染みつく内省的でサイケデリックなブルー・アイド・ソウルな感覚。そこには裏街道を千鳥歩きした者だけが知りえる人生の真実が刻まれている。
“there will never be another you”。そう、あなたの代わりなんて誰もいやしない。けれども、大好きだった“あの歌”が、鼻歌交じりで今宵も天国で紡がれることを信じて。本当にありがとう。

追記:僕個人はアレックス・チルトンの『CLICHES』の中から、ニーナ・シモンの名唱でも人気の高い“MY BABY JUST CARES FOR ME”や、チェット・ベイカーのレパートリーとして決して忘れることのできない“LET'S GET LOST”“THERE WILL NEVER BE ANOTHER YOU”といった曲を、「usen for Cafe Apres-midi」などでセレクトしていることを付け加えておきます。

2010年5月上旬

RICHARD CRANDELL / ESSENTIAL TREMOR
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


またひとつ、心の調律師のような音楽と出会えた。アフリカ南部ジンバブウェのショナ族に伝わる伝統楽器ムビラ(親指ピアノ)のみによる演奏作品。今年1月下旬のこのコーナーで推薦したリチャード・クランデルの前作『SPRING STEEL』(“INNER CIRCLE”という曲をいたく気に入っている)に続いて届けられた最新アルバム。
ジョン・フェイヒィからミシシッピ・ジョン・ハートまでを敬愛し、アコースティック・ギターのフィンガーピッキングを中心にしたレコードを1970年代から作っていたオレゴンの音楽家リチャード・クランデルは、まさに知る人ぞ知る存在だったが、1999年に「聖なる楽器」ムビラと運命の出会いを果たす。そして21世紀に入り、彼の奏でるミニマルなムビラのサウンドを、あのジョン・ゾーンが気に入り、自身が主宰するニューヨークのレーベル、TZADIKへの録音を提案する。そうして生まれたのが2004年の『MBIRA MAGIC』と2007年の『SPRING STEEL』。共にブラジルの最高のパーカッション奏者シロ・バプティスタが参加した、ムビラやタブラのメディテイティヴな音色に魅了される掛け値なしに素晴らしいアルバムだった。
今作でもその感動は変わらない。「バルトークによる子供のための音楽を彷佛させるような」と本人が語る“INSIDE OUT”に始まり、パーカッシヴなグルーヴを内包する“CLICK”や「スペインの空気感も生まれる」日本のペンタトニック・スケールを基にした“QUIET FIVE”が続く。そして、繰り返される11個の音のフレーズと11個のビートで構成された『MBIRA MAGIC』収録曲の再演“ELEVEN”が秀逸。ラテン・アクセントのリズミックなハンドクラップ・フィーリングとスピリチュアルなアフリカのコード進行が交錯する“LA QUINTA”、マイルス・デイヴィスがムビラを愛していたという逸話から誕生したという“MBIRA FOR MILES”に続いて登場する“TAG TEAM”がまた珠玉の名作。「友人であるアル・グリーンにムビラを渡したとき、彼が直感的に弾き始めたフレーズにメロディーを足して完成させた」という素敵なエピソードにも心がほぐれる。フラット・ファイヴの使い方は、僕の大好きなフランスのクラシック作曲家フランシス・プーランクから影響を受けているというのも嬉しい。日本盤ボーナス・トラックとして最後に置かれた“JOSHUA”にもたまらなく惹かれてしまう。
「あなたにとって私の音楽が、穏やかで、感動的なものでありますように。Peace, Richard」──とても多くのことを考えさせられる(そして心を動かされる)リチャード・クランデル本人から寄せられたメッセージは、そんなふうに結ばれている。本当に一日中、穏やかな気持ちで部屋に流していられるアルバムだ。「世の中にはストレスや緊張が多すぎます。私は音楽を通してそれを減らしていきたいのです」という彼の言葉に、僕はカルロス・アギーレの姿を思い出した。アプレミディ・レコーズからリリースされる『CARLOS AGUIRRE GRUPO』(CREMA)と一緒にぜひ聴いてみてください。

VIEJAS RAICES / DE LAS COLONIAS DEL RIO DE LA PLATA
VITOR ASSIS BRASIL / DESENHOS
THE JOHN DANSER OCTET / THE DANSER REVOLUTION
橋本徹 (SUBURBIA/アプレミディ) 推薦


南米やヨーロッパの廃盤の中古レコードをよく買っていた頃を思い出すアルバムが2枚、ほぼ同時にCD復刻された。あれは2001年の夏、忘れもしない、これまでのレコード・ハンティング人生史上、最も大枚をはたいた日、僕は大阪の「FIRST IMPRESSIONS」という店で、ヴィエハス・レイシスとヴィトル・アシス・ブラジルを(他の多くの屈強なレア盤たちと)一緒に手に入れたのだった。
その後ヴィエハス・レイシスは、気怠いメロウ・グルーヴ“PARA NOSOTROS SOLAMENTE”やパーカッシヴ&エクスペリメンタルな“LA HORA DE LA SED MALDITA”、ヒップでグルーヴィーな“MIRA TU”をDJプレイし、美しい幻影のような絶品“EL VIAJE DE DUMPTY”は「usen for Cafe Apres-midi」選曲の定番となった。今(アルゼンチンらしいと感じて)好きなのはメランコリックな“BALEWADA”や“ETERNA PRESENCIA”だったりするが、9年前に単行本「ムジカノッサ」に寄せたエッセイでは、アプレミディ・コンピを作ったばかりだったアーティストとレーベルを引き合いに出して、こんなふうに触れている──「僕は手に入れたばかりのアルゼンチンの珍しいアルバムのことを思い出す。マルコスの音響メロウ・グルーヴとコンポストのジャズ・エレクトロニカが合体したような未来的なサウンド。どこか東欧ジャズにも通じる奇妙な浮遊感を漂わせている」。
一方でヴィトル・アシス・ブラジルについては、ディスクガイド「Jazz Supreme」の“Atmospheric Saudade Voyage”の項で、「後にモーダルなジョビン・カヴァー集も発表するリード奏者のフォルマ盤は、ピアノにテノーリオ・ジュニオルを迎え、アルトでコルトレーンの陰影を滲ませる。研ぎ澄まされた美学が宿るジョアン・ドナートのカヴァー“NEQUELA BASE”が珠玉の逸品だ」と触れた。今では懐かしい「relax」誌のアプレミディ・グラン・クリュ特集には、こんな紹介で真夜中の推薦盤として載せられている──「ヴィトル・アシス・ブラジルの残像を残したアルトとテノーリオ・ジュニオルの光を放つピアノの美しい調和。精神を無にし魂を解放するようなアルトの音色と寡黙なピアノの響きがモノクロームの写真のような光と影のコントラストを描く。鋭く切り出されるフレーズの中に隠された切なさを感じさせるトーンは、灯りを落とされたフロアの片隅に生まれた微かな暗がりにも似た憂いを感じさせる」。

追記:そして、廃盤専門店をくまなく歩きまわっていたあの頃でさえ、お目にかかることがなかった、あのダンサーズ・インフェルノ関連盤として知られるジョン・ダンサー・オクテットの『THE DANSER REVOLUTION』もリイシューされました。僕はワルツタイムで揺れる“FIVE FIVE”や“JAZZ WALTZ”、モッド・ジャズの香りも漂う“MONKEY”あたりを気に入っています。
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